一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 電車での移動は久しぶりだと言う彼と一緒に家に向かう。電車を乗り継いで一時間。最寄りの駅からは十五分ほど徒歩だ。
 改札口を出ると西口と東口に分かれるその場所の、東口に進む。そして先にある、昔ながらの小さな商店街の歩行者専用の道を歩き出した。
 彼は辺りを確認するように見渡したあと口を開いた。

「美礼の職場の近く……だったんだね」
「そうなんです。最初に担当してくれたのが美礼さんで……。ご存知なかったんですか?」
「美礼からは仕事で知り合ったとしか聞いてなくて。この駅には何度か来たことがあるよ。車でだけど」

 そういえば前も彼は、泊まったホテルに車を置いていると言っていた。けれど今日、当然のように電車を使ってくれたのは、自分が以前話したことをちゃんと覚えてくれていた証拠だ。

「すみません、帰りのことまで気が回らなくて。車のほうがよかったですよね」

 しゅんとしてしまった自分の顔を、彼は覗き込むようにして歩いている。

「大丈夫だよ。たまには歩いたほうがいい。最近歩くことも少なくなってきたしね」

 穏やかに笑っているが、やはり申し訳ない気持ちになる。何も言えずにいると、彼から先に話を切り出した。

「やっぱり今も車には?」
「……はい。と言っても機会がなかっただけで、大丈夫なのか、そうじゃないのかはわからなくて」

 家には車は無いし、普段の買い物は徒歩か自転車で、バスにすら乗る機会はない。敢えて乗ろうとしたことも無かった。

「じゃあ……無理にとは言わないけど、練習してみる? 何かあったときのために。僕が由依とドライブに行きたいって下心もあるんだけどね?」

 最後の台詞は自分に気を遣わせないためだろう。彼は自然にそんな気遣いのできる人だから。

「私も……そうしたいです。灯希にも、いろいろな場所を見せてあげたいです」

 歩きながら顔を上げて言うと、彼は嬉しそうに頷いていた。
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