一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 少しの間様子を見ていたが、起き出す気配はない。仕方なく襖を閉め、また彼の元へ戻った。
 玄関先に立ち尽くしていた彼は、眼鏡を外し前髪を少し上げていて、顔がはっきり見えるようになっていた。その表情はどこか不安そうにも見えた。

「すみません、お待たせして。それが……」
「何かあった?」

 心配そうに尋ねる彼に首を振りながら答える。

「実は灯希、寝ちゃってて。しばらく起きる様子もなくて、どうしようかなって」
「そうか……」

 彼は安堵と不安の入り混じったような、複雑そうな表情で呟く。

「すみません。私も居候の身で、上がって待って下さいって気軽に言えなくて……」
「無理を言ったのは僕だよ。……そうだ。公園へ散歩でもどうかな? その間に起きるかも知れない」
「たぶんあと三十分もすれば起きると思います。お付き合いさせてしまいますけど……」

 気落ちしながら言う自分に、彼は励ますようにニコリと笑う。

「僕のほうこそ、付き合わせてごめん。もう少しだけ……二人きりの時間を貰ってもいい?」

 甘い声と表情で言われて、一瞬にして頰は熱を帯びる。
 そんなことをしている自覚はなさそうな彼に、照れ隠しのように俯き頷いた。
 先に扉に向かい、開けようと取っ手に手を掛けると、アルミの格子に嵌まった磨りガラスの向こう側に、ヌッと人影が映った。そして自分が扉を開ける前に、それは勢いよく開いた。

「わっ! 由依! 帰ってたのか」

 樹は目の前に由依が立っていたことに驚き声を上げた。

「たっちゃん‼︎ おかえりなさい、ちょうど良かったぁ」

 家主が帰宅したなら大智に家で待ってもらうことができる。気の抜けた声を出して胸を撫で下ろした。

「なんだ? どうした?」

 由依の様子に訝しげな顔をしながら、樹は玄関の中に入ってきた。そこでようやく大智の存在に気づいたのだろう。彼の姿を見るとほんの少し眉を顰めた。

「由依のお客さん?」
「そうなの」

 彼を紹介しようと振り返る。なぜかその表情は、少なからず驚いているように見えた。
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