一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 彼はハッとしたような表情をしたあと表情を戻し、樹の前に歩み寄った。

「突然お邪魔して、申し訳ありません。はじめまして。阿佐永大智と申します」

 軽くお辞儀をしたあと、彼らしく丁寧に挨拶する。対峙した二人の背丈は同じくらいで体格だけ違う。大智は細身だが、樹は筋肉質だ。迫力という点では樹のほうが勝っている。
 その樹は、とても友好的とは言えない険しい表情を浮かべていた。

「阿佐……永? あんた、もしかして……峰永会の関係者か?」
「はい。現理事長は叔父がしております」

 大智は樹の問いに笑み一つ浮かべず答えた。

「叔父……。その前の理事長は誰だ?」
「父が……務めておりました」

 緊迫したやり取りに口を挟むこともできず、ハラハラしながら見守る。いつも優しい樹が、どうしてこんな態度を取るのか、理由は全く思い当たらない。
 樹は大智の答えを聞くと、顰めたままの顔を反らし、くるりと自分たちに背中を向けた。

「悪いが今日は帰ってくれ。灯希も昼寝し始めてそんなに経ってないし」

 慌てたように靴を脱ぎ、樹は床に上がる。

「待って、たっちゃん! なんで?」

 慌てて呼び止めると、樹は足だけ止め、そのまま低い声で答えた。

「俺の気持ちの整理がつかない。それだけだ」

 樹は聞いたこともない冷たい声でそう言い放つと、たっちゃん! と呼びかける自分の言葉に振り返ることなく廊下を進み奥へ消えて行った。
 追いかけようと彼に背を向けると手を取られる。泣きそうになったまま振り返ると、大智が小さく首を横に振っていた。

「少し、外で話をしたい。いい?」
「……はい」

 まるで何か心当たりがあるような表情の彼に、項垂れたまま返事をする。
 外へ出ると彼は自分の手を握り歩き出し、その横を肩を落としたまま付いて歩いた。

 まさか樹に拒絶されるなんて思わなかった。そしてそれは彼にも関わっている。
 また運命に翻弄されるのか……。そんな暗い気持ちが広がっていた。
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