一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 樹たちに付き添ってもらっての出勤だが、やはり最初は不安だった。
 最寄り駅で別れたあとは、それらしい人物がいないか周りの様子を伺い、緊張しながら歩いた。大智がよくその相手を見たというビルのエントランスでも、入ったあと一度全体を見渡して不審な人がいないか確認してから、足早に通り過ぎた。
 けれど数日経つと早くもその不安は薄らいでいた。あの女性どころか、自分を付けているような人物は見当たらなかったからだ。

(やっぱり……偶然?)

 金曜日となった夕方も、やはりそれらしい人影はなく、無事に家に帰り着いた。
 あれから特に何も知らせはなく、大智も無事出張を終えて今日の午後に帰って来ていた。拍子抜けするほど平穏な一週間だったのだ。
 けれど週末が近づくにつれ、樹は浮かない表情になっていた。明日樹は、いったい何を話すつもりなのだろうと、今度はそちらが気になっていた。

 そして朝から冷え込み、寒い一日となる予報出ている土曜日の今日。
 灯希には悪いが、寝ていてくれたほうが話しはしやすいだろうと、ちょうど昼寝の時間である午後一時に大智を家に呼んでいた。

「私、外で大智さんを出迎えるね」

 灯希が昼寝を始めたのを見届けると、ダイニングテーブルに掛ける樹に言う。
 約束の時間にはまだ十分以上あるが、さっきからソワソワしてしまい、居ても立っても居られない。

「外で待たなくてもくるだろ」
「この辺り、似た作りの家が多いし、迷うといけないから」

 樹の返事を待たず玄関に向かう。外に出た途端、曇天が目に入ってきた。

「上着、着てきたらよかったかなぁ」

 無意識に身を縮こませて、両腕で体を摩る。時々吹く風は、冬の到来を感じるような冷たいものだった。
 駐車場は公園の近くだから、来るとすれば駅に向かう角を曲がってこちらにくるだろう。そちらを見つめながら大智を待った。
 時間にして数分間。門から出た場所に立っていると、先に玄関がカラカラと開く音が聞こえた。

「由依。スマホ、鳴ってたぞ……」

 樹の声に振り返る前に、角を曲がってくるスーツ姿の大智の姿が見えた。

「あ、大智さ……」

 手を振ろうとした瞬間だった。

「由依っ‼︎」

 叫ぶように自分の名を呼んだのは樹だった。そしてその樹は、こちらに走り寄ると自分の体を腕に閉じ込めた。

「たっちゃん⁈ どうしたの?」

 身動きが取れず踠く自分の耳に届いたのは、ウッと言う樹のうめき声と、遠くから「由依‼︎」と叫ぶ大智の声だった。
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