一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「由依、ごめん。待たせて。立てるかい?」

 沈痛な面持ちの彼は上着を脱ぐと、しゃがみながら薄着の自分の肩にそれを掛けてくれた。その肩を抱えられヨロヨロと立ち上がる。足は震え、彼に支えられてようやく立っていられる状態だった。

「ここは冷える。家に入ろう」

 憂いた顔つきの大智に促され、重い足を引き摺るように家に戻る。家の中はしんと静まり返っていた。灯希はまだ眠っているようで安堵した。
 扉を閉めると、大智は崩れ落ちそうな自分をキツく抱きしめた。

「ごめん……。君を、君の家族を巻き込んでしまって……」

 悲痛な叫びのような静かな声。自分を閉じ込めたその腕は、心無しか震えていた。

「大智……さん……。たっちゃん……大丈夫、だよね?」

 大丈夫だと自分に言い聞かせるように尋ねる。彼は腕にギュッと力を込め答える。

「彼は、僕が一番信頼できる外科医に預けた。腕は保証する。だから……信じて」

 力強い言葉に涙が溢れる。大智の腕に縋り付いたまま大きく頷いた。

 あんなに長く感じたのに、思っていたより時間は経っていなかった。まだ午後二時を過ぎたばかりだ。ぐっすり眠っている灯希を横目に、病院へ向かう準備を始める。一才を過ぎ、ずいぶんと荷物は少なくなったが、それでもオムツなどは必要だ。多めにトートバッグに詰め込んだあと、先に抱っこひもを身につけた。

「灯希。動かすね」

 声を掛けて灯希を抱き上げる。灯希は目を瞑ったまま眠そうに首を振っていた。なんとか抱っこひもに入れ立ち上がる。まだまだ眠いのか、一度目を開けたが、また頭を反らして眠ってしまった。

 車は予想通り、公園近くのパーキングに止められていた。灯希をチャイルドシートに乗せ、助手席に向かう。乗り込んで後ろを確認したが、灯希はまだ半分夢の中といった様子だった。

「じゃあ、出発するよ」

 そう言うと大智は車をゆっくり発進させた。
 彼と出かけたとき何度か通った幹線道路に出ると、いつもは左折するところを今日は右折する。都内の東の端に位置するこの場所からいえば、東の方向。どうやら都内ではなく、隣の市に向かっているらしい。
 黙って流れていく車窓を眺めていると、大智から先に切り出した。

「……搬送先は、峰永会なんだ。僕の伝手を利用して受け入れてもらった。色々と融通がきくと思ったから」

 だから救急隊員と会話していたのかと納得する。けれど、彼にとってそれは苦渋の選択だったのだろう。そんな表情をしていた。
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