一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 その人は険しい表情でこちらを一瞥し、ああ、と小さく声を発して大智を見た。

「大智。彼の命に別状はない。詳しくは別室で話す」
「はい。搬送を受け入れてくれて、ありがとうございます。叔父さん」

(叔父……さん……)

 ようやく数々のことが腑に落ちた。
 大智と美礼が、なぜ樹を見て驚いた表情を見せたのか。何も知らないはずの大智が、なぜ樹と峰永会の関係を推測できたのか。

「樹……?」

 長年樹を知る眞央でさえ驚き、目を見張っている。それくらい似ているのだ。樹と大智の叔父は。焦茶色の髪に精悍でくっきりした目鼻立ち。筋肉質でがっしりした体格までも。
 その叔父は、自分たちに向くと静かに口を開いた。

「執刀しました、阿佐永悌志です。後ほど理事長室へお越しください。お聞きになりたいことはそのときに」

 顔立ちが似ているからか、声の質も似ているようだ。年齢を重ねた樹が目の前で喋っているような気分になる。
 けれど二人は親子ほど年は離れていなさそうだ。どうみても彼は四十代後半から五十代前半くらい。三十五才になる樹と親子いうのは無理がある。

「……はい」

 コクリと頷くと、彼は表情を緩めたあと踵を返す。そしてまた扉の中に入って行った。
 大智のほうに振り返ると、彼は複雑そうな表情で頷いた。自分が、大智と同じ推測に行き着いたことを察したようだ。

「二人とも、理事長室へ案内します。母が一緒でもよいですか?」

 戸惑い気味の眞央が「え、ええ」と返すと、大智はこちらへと進み出した。

 途中でプレイルームに寄り、灯希と大智の母と合流する。彼の母に手術は無事に終わったことを伝えると、自分の家族のことのように喜んでくれた。
 灯希は自分の元へやってくると、「まんま!」と訴える。そう言えばおやつを食べていないけれど、何も持ってきていない。

「あら、灯希君。お腹空いちゃったかな? 売店へ行きましょうか。私が選んでもいいかしら」
「はい。お願いします」
「理事長室にはあとで向かうわね」

 おっとりした口調で彼の母は言い、灯希を連れて行ってくれる。
 それからまた大智の案内で理事長室へ向かった。
 
 着いたその部屋をノックすると、女性の声で「どうぞ」と声がする。中に入ると、職員らしき女性がコーヒーをセッティングしていた。

「先生はすぐに参るそうです。お掛けになってお待ち下さい」

 応接ソファに身を預けると、一気に様々な思いが押し寄せていた。
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