一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 ほんのりと湯気が立ち昇るコーヒーカップを、最初に持ち上げたのは眞央だった。

「せっかくだから冷めないうちにいただこう。きっと気持ちも落ち着くよ」

 自分自身にも言い聞かせているようだ。持ち手にかかる指は小さく震えていた。

「うん……。そうだね」

 自分もカップを持ち上げカップに口を付ける。普段あまりコーヒーは飲まないが、今はこの苦味が頭をシャキッとさせてくれるようだった。

 しばらく待っていると、内側にもう一つあった扉が前触れもなく開く。

「お待たせしました」

 先ほどと変わらずスクラブ姿の大智の叔父はスタスタと応接寄ってくると、1人掛けのソファに掛けた。
 カップを置くと姿勢を伸ばし、彼に向く。彼は一つ呼吸をすると口を開いた。

「まず、佐保樹さんの手術の内容から説明します」

 はっきりとした声を発し、彼は説明を始める。
 刺さったのはそれほど心配する場所ではなかったこと。今は麻酔で眠っているが、じき目を覚ますだろうということ。

「刺した相手と体格差があったのと、背中側だったので深手にはなりませんでしたが……。そうでなければ、どうなっていたか。相手は躊躇いなく刺したようですから」

 それを聞いてゾッとした。彼女は間違いなく自分を狙っていた。樹が守ってくれなければ、彼女に正面から刺されていた可能性がある。想像しただけで体が震えた。それに気づいた大智は、自分の肩にそっと腕を回してくれていた。

「先生。樹の怪我についての話はそれで終わりでしょうか?」

 静かに話を聞いていた眞央がそう切り出すと、先生は面食らっている。

「ええ。ここからは……本人に了解を得ない上での内輪の話しになってしまいますが」

 苦々しい表情で答える先生に、眞央は「そうですか」と答えると立ち上がった。

「では僕はここで一旦退出します。今日、樹がしようとしていた話は……本人の口から聞きます」

 きっぱりと言い切る眞央を驚いて見上げると、眞央は緩やかに笑みを返した。

「ごめんね。これはあくまでも自分がそうしたいだけ。由依ちゃんは話しを聞いて」

 ここからは家族に関わる話になる。眞央は気を使ってくれたのだろう。小さく頷いて眞央が出て行くのを見送った。
 すぐ入れ替わるように、大智の母が部屋に入ってくる。灯希は眞央が見ると連れて行ったらしい。
 その母が着席すると、叔父は静かに話し始めた。

「率直に言う。彼は……俺の異母弟。お袋が酷い仕打ちをして追いやった人の子だ」
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