一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 シンと静まり返った部屋に、最初に響いたのは大智の母の声だった。

「そう……。やっと見つかったのね。怜志さんと、貴方が探していた兄弟を……」

 大智の母は感慨深そうに、でもどこか物寂しいように見える。そして大智はその母を、同じような表情で見つめていた。

「親父に外で作った子がいると知ったのは、大智が生まれるよりずっと前。俺は高校生、兄貴は大学生の頃だ」

 大智の叔父は、そこからポツリポツリと昔の話を始めた。

「その頃、親父たちの夫婦仲は、とっくに冷え切っていて、親父はほとんど家に寄り付かなかった。そんなものだと思っていたし、お袋は兄貴さえいればそれでいいって人だと思っていた」

 淡々と彼の話は続く。自分たちはそれを固唾を呑んで見守っていた。

「あれは、テスト期間で早く帰宅した日だった。玄関先に親父の靴があった。揃えられてもなく、慌てて脱いだようにバラバラに。書斎の前に通りがかったとき、開けっぱなしだった扉の奥から親父の怒鳴り声がした」

 彼は誰を見るわけでもなく、テーブルに視線を落としたまま、軽く息を吐く。そして一呼吸置いたあと、また続けた。

「彼女をどこへやった。親父はこう言った。部屋の中には誰がいるのか見えなかったが、親父が激昂している相手はすぐわかった。なんでもないように答えたのはお袋だ。平然と、あの女は手切れ金を渡してやったら、喜んで去って行きましたよって、半分笑いながら」

 大智の顔が険しくなり、膝に乗せた拳を握っていた。彼の叔父もまた、不愉快そうに顔を歪めていた。

「親父は即座に、そんなはずはない、彼女はそんな人じゃないと言い切った。そのとき思った。親父はその人を愛しているんだって。不思議と嫌悪感は湧かなかった。お袋があの性格だ。他の人間に心が移っても、仕方ないだろうって。俺も……自分がお袋に愛されてるとは思えなかったしな」

 以前大智に聞いた、自分の家族にまつわる話を思い出す。あのとき大智から深い悲しみを感じた。それを今は叔父から感じた。

「親父の言葉に、お袋は勝ち誇ったように高笑いしていた。結局、お金が全てだ。今頃は、せっかく出来た子どもも堕して、身軽になっているでしょうねって。……そのとき親父が、どんな顔をしていたかは知らない。ただ親父は一言、彼女は命の尊さを知っている。そんなことはしない。絶対にって、言ったんだ。どうしてだろうな。俺もそのとき、その言葉を信じたんだ」
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