一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
八章 暖かな陽だまりと
「ありがとうございました」
玄関先で自分の荷物を運んでくれた、引越し業者を見送る。
あの事件から二週間。秋は深まり、本格的な冬に向かう十一月の半ば。それでも今日は穏やかで、寒くなる前に引越しを決めて正解だったと思った。
「由依。荷解き、どれから始める?」
奥で段ボールを仕分けてくれていた大智に尋ねられる。自分の荷物は大人一人と子ども一人分。大きな家電などもなく、引越しも荷物を運んでもらうだけのプランにした。
彼は先週のうちに越していて、もう住み始めている。今日からは家族三人で暮らし始めることになった。もちろん樹の承知の上で。
樹は手術のあと、その日の夜に目を覚ました。そのときはたぶん、自分がどこの病院に搬送されたのかわかっていなかったと思う。
翌日夕方、見舞いに行った自分に樹は言った。
「由依。あいつも……来てるよな。二人で話しをさせてくれないか?」
まだ体を起こすことのできない樹は、横になったままま切実な表情で言った。それに黙って頷くと、外で待っていた大智と入れ替わった。
(どんな話しをしているんだろう……)
不安に駆られながら待っていると、青いスクラブ姿の男性が歩いてきた。
「お。大智の奥さんの……」
そういえば名前も伝えていない。膝に乗せた灯希を下ろし立ち上がると頭を下げた。
「瀬奈由依です。あの、先生。たっちゃんのこと、ありがとうございました。それで……話は……」
恐る恐る尋ねると、彼は首を振った。
「まだ何も。ただ俺が回診したときに、ここがどこか気づいたみたいだ。そうか、峰永会か、って」
静かに語る彼の声は、やはり樹を思わせる。灯希はそんな彼を、キョトンと不思議そうに見上げていた。彼はその灯希を見て、笑みを浮かべた。
「にしても……。大智の子どもの頃に本当、そっくりだな」
「灯希といいます。大智さんの小さな頃を知ってるかたは、みんなそうおっしゃいます」
彼はハハハと笑い声を出すとしゃがみ、灯希の頭を撫でる。灯希も親近感が湧くのか、嫌がる素振りは見せなかった。
「今度うちに遊びに来て。うちのやつもきっと会いたがる」
大智は、叔父とはあまり深い交流をしてこなかったと言っていた。けれど、きっと彼は大智のことを大事に思ってくれている。後ろ手に手を振りながら去っていく彼の姿を見つめながら、そんなことを思っていた。