一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 しばらくすると、病室の引き戸がゆっくりと開き、そこから放心したような大智が出てきた。

「大智さん、たっちゃんは何て?」

 心配になり駆け寄って尋ねると、彼は我に返ったように笑みを浮かべた。

「大丈夫。由依を頼むって。自分の役目はもう終わったから、早く本当の家族が一緒に過ごせるようにしろって」

(役目は終わった……)

 その言葉に寂しさが込み上げてくる。
 なんの血の繋がりもないのに、ずっと自分を見守ってくれた人。血の繋がった家族が欲しいなんて、酷い願いを受け止めてくれた人。そして、そんな繋がりなんて無くとも、自分たちは確かに家族だと、教えてくれた人。
 兄のような、父のような樹の優しさを思い出し涙が溢れる。
 けれど樹の言葉は、決して突き放しているわけではない。きっと父が生きていれば、同じようなことを言ったはずだ。彼に新たなバトンを渡す。そんな気持ちを込めて。

 涙が止まらない自分の背中を、彼の温かな手がそっと撫でてくれる。その大智は、ゆっくりと言葉を続けた。

「それから……。ありがとう。やっと自分に向き合えそうだ、って……」

 彼もまた涙を滲ませて言う。
 まだ何の話しも聞いていない樹が、それでも自分の出自を受け止めて、前に進もうとしている。
 そしておそらく、本当に峰永会に搬送してよかったのか葛藤している大智の思いを汲み取ってくれたのだろう。

「ありがとう。たっちゃん……」

 またちゃんと面と向かって言おう。それでも今、その言葉を声に出したかった。

 ――そして、堰き止められた川の水が流れ出すように、物事は進みだした。
 転居やその他のスケジュールは、数日のうちに決まり、あまりのスピードに、夢の中にいるみたいだった。
 大智に手伝ってもらいながらの荷解きはあっという間で、予定よりかなり早い時間のお昼過ぎだった。

「由依。時間はありそうだから、行きたい場所があるんだ。付き合ってくれないかな」

 今日は土曜日で、灯希は美礼が向こうの家で見てくれている。もちろん灯希の大好きなおばあちゃんたちも一緒だ。
 マンション内にある駐車場で車に乗り出発する。
 今日は元々、引っ越しが終わったら行く予定の場所があったが、それ以外の場所のようだ。
 思っていたより遠くまで、彼は車を走らせていた。時間にして一時間近く。
 だんだんとそこが近づくにつれ、もしかしてと彼に振り返る。驚いている自分に、彼は微笑みを浮かべる。

「どうしても……やり直しがしたいんだ」

 そう言って。
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