一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 ここに来るのは、約二年ぶりだ。
 あれから足が遠のいたまま、苦い記憶だけが今もそこを漂っている気がする。楽しい思い出もたくさんあるというのに。
 けれどその苦い記憶を塗り替えたい。同じことをきっと彼も、思ってくれているに違いない。そう確信していた。

 自然と手を繋ぎ、水族館のエントランスに向かう。前に来たときとは時間帯が違うからか、家族連れよりカップルのほうが多いように思えた。

「本当は、灯希を連れて来たら喜んでくれるかもと思ったんだけど……。今日だけは由依を独り占めしたくて」

 耳元に唇を寄せて、彼はさらりとそう言う。それに頰を赤らめながら彼を見上げた。

「今度は三人で来ましょう。でも今日は、あの日の続きですから」
「よかった。あまり時間はないけど、楽しもう」

 笑顔で頷き、二人で中に進んだ。
 前とはまた違う演出のエントランスをゆっくりと進む。色とりどりの映像と水槽の中で揺らぐ魚たち。また別世界に迷い込んだような気分になる。けれどこの手が繋がれている限り、迷うことはないはずだから。

「やっぱり、癒されますね。ゆらゆらしてて」

 円柱型の水槽は様々なライトに照らされ、漂うクラゲたちが宝石のように輝いていた。それを見つめ同意を求めるように口にする。

「そうだね。でも、僕が一番癒されるのは、由依と灯希の笑顔かな」

 自分の横顔に語りかけるように大智は言う。その言葉は、嬉しくもあり恥ずかしくもある。

「私だって、大智さんと灯希に癒されてます」

 横を向くと、自分の背丈に合わせ屈むように顔を近づけた彼に囁く。唇が届きそうな至近距離で、彼が優しく微笑むのが瞳に映った。

「由依。愛している」

 人目を憚らず肩を抱き寄せられると、熱い吐息が耳を撫でた。

「私も、愛しています。大智さん」

 自分を見つめ返す彼の瞳が、愛おしいと語っている。暖かい陽だまりのような温もりに、泣きたくなるくらいの幸福感に包まれた。
 
 彼は自分と向かい合うように立つと、左手を取り持ち上げた。

「由依……。僕と、結婚してください」

 その手の薬指に何かがあたる感触がする。彼の大きな手が離れると、代わりに現れたのは、周りの光を吸い込んだように輝く光る粒。それはスポットライトに照らされ、ルビーにもサファイアにもエメラルドにも見えた。

「はい……。もちろん、喜んで。私と家族になってください」

 指に光る石と同じ色だろう溢れ落ちる涙は、ライトに染められその色を変えていた。
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