一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 ちょうど良い時間に始まる、ドルフィンショーを観るためにスタジアムに向かう。後方席に空きを見つけて並んで座ると、ふと気になりスマホを取り出した。

「あ……。美礼さん……」

 灯希に何かあったのだろうかと、届いていたメッセージを開けてみる。それを読んでいると情景が浮かび、笑みをこぼしながら大智に向いた。彼もいつのまにかスマホを取り出し、同じように眺めていた。

「大智さん。美礼さんが……。今日灯希をお泊まりさせてもいいかって。おばあちゃんたちがノリノリで離したがらないて、書いてあります」

 そう言うと、彼は笑みを浮かべてこちらを向いた。

「僕には若木先生から。夕方差し入れ持って、遊びに行っていいかって」

 顔を見合わせて、くすりと笑い合う。

「若木先生にも、会ってお礼を伝えたいです」
「灯希に、もっとおばあちゃんたちとの時間をあげたいね」

 それぞれが思いを口にすると「決まりだね」と彼が頷いた。
 そのあと各自でメッセージに返信して、スマホをしまうとちょうどショーが始まった。

 あの日に戻ったようだった。目を輝かせてショーを楽しむその顔は、灯希を思い起こさせる。親子なんだとしみじみと感じた。

(やり直し……)

 あの日、出会ったばかり彼に、一瞬にして恋をした。だからこそ、別れを切り出すのは身を切られるほど辛かった。
 彼もまた、重くのしかかっていた家族との柵は取り払われ、今は清々しい表情になっていた。
 どんどんつらい記憶が、幸せなものに置き換わっていく。やり直しなんて、いくらでもできるんだ。彼の手から伝わる温もりに、そう感じていた。

 灯希の迎えが必要なくなり、今度は時間に余裕ができる。二人で思う存分館内を回り、そこをあとにした。

 また来た道を戻る。けれど家に帰る前、寄る必要のある場所が、一つだけあった。

 昨日、書類の空いていた最後の一箇所を、樹に埋めてもらった。
 憑き物が落ちたように晴れ晴れとした樹は、病室でそれを書き終えると言った。

「妹が、甥と結婚なんて、なんか不思議な気分だな。幸せになれよ。由依、大智」
「うん。ありがとう、たっちゃん」

 涙脆い自覚はある。また溢れ始めた嬉し涙は、しばらく止まることはなかった。

 ――そして……。

「これからも、ずっとよろしく。阿佐永由依さん」
「こちらこそ。末永くよろしくお願いします」

 届けを出し終え役所を出ると、真っ先にそう言い合った。
 私たちのなんでもない日常の一日に、結婚記念日という、新たな記念日が加わった。
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