一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 横たわる彼女の腕が、力を振り絞るように徐々に持ち上がり、彼に差し出される。

「……大……智。おいで……。絵本を読もうか……」

 複雑な心境だった。それは彼も同じだっただろう。差し出された手は、彼自身ではなく、その腕に抱かれている灯希に向かっていた。キョトンとしたままの灯希は、何が起こっているのかわかるはずもなく、その年を重ねた手を掴んでいた。

「貴方は……あの人に似て、本が好きだものねぇ……」

 風に揺らぐようなか細い声で彼女は言う。薄らと開けたその目は優しく、灯希を愛おしげに見つめていた。

「お祖母様……」

 そう呟いた彼の表情は、悲しそうにも寂しそうにも見える。何の言葉もかけられず、その姿を静かに見守るしかなかった。
 彼女の手は灯希から離れ、力尽きたようにパタリと布団に落ちる。そして彼女は、緩やかに口角を上げた。

「あり……がとう……」

 そう言うと彼女はゆっくり目を閉じ、静かに寝息を立て始めた。
 それはほんの一瞬の出来事で、彼女が自分たちのことを認識していたのかもわからない。そして彼女が、何に対してお礼を述べたのかも。

「……ねんね」

 そう言って、布団の端をトントンと叩き始めた灯希に、自分たちはようやく我に返った。と同時に、背後で扉の開く気配がした。

「お義母様、眠ってしまわれたかしら」

 コスモスやケイトウの、秋らしい花が生けられた花瓶をサイドテーブルに置くと、叔母は祖母のベッドを覗き込む。それから慣れた手つきで、出ていた彼女の腕を布団の中にしまった。

「はい。先ほど」
「最近は……起きていらっしゃる時間もかなり短くなっていて。お話しは?」
「……少し、だけ」
「そう……。大智さん、まだ時間はあるかしら。よかったらお茶でも。いただきもののお菓子があるの」

 叔母の問いに答える前に、彼は自分に顔を向ける。視線だけで同意すると、彼は叔母に答えた。

「ありがとうございます。では、せっかくなので」
「よかった」

 彼女は嬉しそうに微笑むと、自分たちを部屋の端にある応接ソファに促す。その近くには簡易なキッチンが備わっていて、彼女はその場所で手早くお茶を入れると、菓子皿と一緒に出してくれた。

「どうぞ。あまり若い方向きのお菓子はないのだけど。そうだ、いただいた果物の剥きましょうか。灯希くんにはそのほうがいいわよね」

 軽く手を合わせると、彼女はあっという間に果物を取ってくるとシンクへ向く。
 見た目以上に軽快に動く人だな、とその姿を見て思っていた。
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