一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「お義母様は、もうあまり召し上がらなくて。ごめんなさい、せっかく頂いたのに」

 そう言いながら、彼女はお見舞いとして渡した果物のうち、洋梨とりんごを剥いて出してくれた。それを一つ灯希に渡すと、大好きな果物を前に満面の笑みを溢していた。

「灯希君、美味しい?」

 彼女は慈愛に満ちた瞳で灯希に語りかける。もしかしたら、彼女自身の子ども、つまり大智の従兄弟の幼い頃を思い出しているのかも知れない。そんな懐かしそうな表情でもあった。

「ちい!」
「そう。よかった」

 彼女は柔らかな口調で灯希に返していた。

「あの。一つ……お聞きしていいですか?」

 淹れてもらったお茶を一口飲み、湯呑みを置くと思い切って切り出してみる。

「何かしら?」

 不思議そうに答える彼女を見つめて、おずおずと口を開いた。

「先ほど……絵本を朗読なさってましたよね。お好き……なんですか?」

 その質問に、少し恥ずかしそうな顔をすると彼女は話し出す。

「そうね。私も小さな頃は読んでもらったなって懐かしくなったのだけど。あの絵本は……お義母様のものなのよ」

 その答えに、大智は意外そうな表情を見せる。信じられない、と言いたげだ。

「お祖母様の……?」
「ええ。前に、お義母様の部屋のクローゼットを片付けていたら、箱に入った絵本が何冊か出てきて。たぶん……三十年ほど前のもの」

 三十年前といえば、彼は今の灯希とそう変わらない年齢だ。その言葉に彼は視線を落とし、何か考えていた。

「私も、お義母様が本を読んでいるところなんて見たことなかったから、最初は誰かから貰ったものだと思ったの。でも夫が、お義母様が大智さんに読み聞かせをしているのを見たことがあるって……」

 彼女の話しに、彼は顔を上げる。そして小さく「やはり……」と呟いた。

「さっきお祖母様は、僕と灯希を間違えて、絵本を読もうと、そうおっしゃいました。そんな記憶はないと思ったのですが、おぼろげな記憶が頭をよぎったんです」

 呆然としたように彼は言う。気持ちの整理が付かないのか、混乱しているようだった。
 そんな彼の横顔をじっと見つめていると、自分たちの間に座る灯希が袖を引っ張った。

「マッマ! り、だいっ!」

 見れば食べていたりんごが消えている。またりんごをちょうだいと言いたいみたいだ。皿から取って渡すと、ありがとうと言う代わりにぺこりと頭を下げた。
 そんな灯希の頭を、彼の指が撫でる。大好きな父に向かい、灯希はニッコリと笑って見せた。
< 245 / 253 >

この作品をシェア

pagetop