一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 外に出るとずいぶん陽は傾いていて、花壇を揺らす風は、冬の訪れを感じるほど冷たさを含んでいた。

「あっち!」

 移動中に散々お昼寝をしていた灯希は、自分の手を引っ張り歩きたがる。

「お散歩したい? ちょっと待ってね」

 まもなく一歳半になる灯希の力はなかなかで、必死で手を握りながら振り返った。

「大智さん。少しだけ歩いてもいいですか?」

 後ろを歩く彼に尋ねると、考えごとをしていたのか、彼は弾かれたように顔を上げた。

「あ、あぁ。そうしよう。灯希も退屈だっただろうし」

 彼が「灯希」と呼びかけると、灯希は立ち止まり嬉しそうに上を向く。差し出されたその手を灯希は笑顔で取った。
 灯希を真ん中にしてしばらく歩く。散歩コースになっているのか、施設の建物をぐるりと囲むように舗装された歩道が続いている。歩道には西陽に照らされた自分たちの長い影が伸びた。その影を追いかけるように、灯希は歩いていた。

「大智さん。さっきの……叔母様がおっしゃったことなんですけど……」

 灯希の歩くペースがゆっくりになるのを見計らい切り出す。彼が気に病んでいることを少しでも和らげたい。そんな気持ちで。

「……。何だい?」

 どこか暗い影を落としたままの彼は自分に視線を動かした。

「きっと……大智さんにも同じようにして欲しいとは、思ってないんじゃないかなって。あくまでも、叔母様自身がお祖母様にそうしたいだけ……。そんな気がするんです」

 彼は叔母の話を聞いて、ずっと複雑な表情を浮かべていた。もしかしたら、自分自身が抱く祖母に対する感情を責めているかも知れない。けれどそんな必要はないと思った。

「私は昔、血が繋がっていれば無条件に愛せるものだって、思ってました。でも世の中には、子どもを愛せない人もいるし、家族を愛せない人もいる。いくら血が繋がっていても、人はそれぞれ別の人格を持っていて、どうしたって分かり合えないことはある……。今はそう思っています」

 自分は両親にたくさん愛情を注いでもらった。家族だったらそれが当たり前なのだと思っていた。けれどそれは当たり前じゃないと知った。血が繋がっていようがいまいが、愛情を注げる人もいるし、そうできない人もいるのだ。
 
「大智さんは、人を愛せない人ではありません。でも愛せない人もいた。それだけです」

 彼は驚いたように目を開けるとじっとこちらを見つめたあと、くしゃりと顔を歪めた。
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