一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「新婦より泣いててどうする」

 苦笑いした樹が小さく言いながら自分を導く。
 彼はハンカチをしまうと「由依があまりにも綺麗で、感極まりました」と小声で返し、樹から渡された手を微笑みを浮かべ受け取った。
 彼に(いざな)われ祭壇に向かうと、式は厳かに始まった。
 讃美歌に始まり聖書の朗読、祈祷、そして誓約。式はつつがなく進んでいく。
 内心は灯希がグズリ出さないかヒヤヒヤしていたが、式の雰囲気に緊張しているのか、神妙な顔でこちらを見ていた。
 すでに一年以上前から嵌められていた指輪を改めて交換すると、いよいよベールアップに入る。彼に向かって身を屈めると、彼はベールを上げる。真っ先に視界に入ったのは、彼の優しい笑顔だった。

「あぁ、本当に綺麗だ」

 感嘆の溜め息とともに吐き出される言葉に感情が揺さぶられる。涙が溢れそうだと思った瞬間、聞こえてきたのは灯希の声だった。

「ママ! ママいる! ねえ、ばあば! ママだよ!」

 厳粛な雰囲気だったチャペルに遠慮のない灯希の声が響き渡る。思わず二人で顔を見合わせたあと、牧師に向くと、彼は黙って頷いた。

「灯希。おいで」

 彼が振り返り、腰を落として呼びかけると、灯希は溢れる笑顔のまま彼の元へ駆け寄った。その灯希を抱き上げると、彼はまた自分に向く。

「では、誓いのキスを」

 一歩自分に歩みを寄せて、彼は顔を近づける。瞼を閉じると、唇にはほのかに彼の温もりが伝わってきた。

(本当に……なんて幸せなんだろう……)

 彼の離れた気配に瞼を上げる。瞳に溢れる涙は止まることを知らず次々と浮かんでいく。目の前にはあの日と同じ、自分を慈しむように見つめる瞳。そしてその横にある小さな瞳が、心配そうに見つめていた。

「ママ、痛い? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。ママ、嬉しくって」

 泣き笑いしながら灯希に言うと、灯希は安心したようにニコリと笑う。
 あの日授かった、大切な宝物。そしてまた、新たな命が宿った。秋になればまた一人、家族が増えるのだ。

 式は終わり、バージンロードを今度は灯希を真ん中にして、三人で手を繋いで歩く。
 
「由依。愛している。永遠に変わらない自信があるよ。もちろん、灯希も、これから生まれてくる子どもも」
「私も、愛しています。大智さん。これからもずっと。私たちの家族、みんなのことを」

 お互い口に出して気持ちを確かめ合うと、微笑み合う。そこには灯希の無邪気な笑顔も加わった。

 奇跡のような一つの夜がもたらした物語は、大切な人たちの愛と共に紡がれていくだろう。これからも永遠に。

Fin
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