一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
「あっ! すみません、うるさかったですよね」

 一番近くにいた、眼鏡を掛けた男性が申し訳なさそうに謝る。由依はそれに、両手を振りながら慌てて返した。

「ち、違うんです。実は……」

 簡単に経緯を説明すると、「代金は必要ないので、代わりに料理を食べていただけないですか?」と切り出す。三人は黙ってお互いの顔を見合わせてから、また由依に向いた。

「いや、悪いって! お金払うよ。それに、もし嫌じゃなかったら一緒にどうかな? 実は今日、一人に子ども生まれたお祝いで集まったんだよね。祝ってやってくれない?」

 明るい表情のその男性に、変な下心は感じない。なんだか高校の頃に交流のあった優しい男の先輩を思い出させた。

「それはおめでとうございます。ならお祝いとして受け取ってくださいませんか?」
「本当にいいの?」
「こちらこそ。突然無理言ってすみません」

 謝る由依に、それぞれが「いいって」と温かく声を掛けた。

(いい人たちで良かった……)

 料理を無駄にせず済みそうで胸を撫で下ろす。それと同時に、何故か初めて会った人に親近感のようなものが湧いていた。

「じゃ、ここ。遠慮なく座って」

 空いていた一席を指さされ戸惑う。けれどお祝いの席に水を差すのも、と思い直した。

「では、せっかくなので少しだけ……」

 遠慮気味に言うと、まず由依は自分がいたテーブルに置いてあった皿を移動させた。それから空いていた一席に恐る恐る腰掛けた。
 オーダーを取りに来た店員にも事情を説明し了承を得て、三人は追加で飲み物や料理を注文していた。それにつられ、由依も普段はほとんど飲まないアルコール入りのドリンクを頼んでいた。
 ドリンクがやってきて行き渡る。

「じゃあ。おめでとう! 乾杯!」

 一人の音頭に、由依も一緒に笑顔でグラスを重ねていた。
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