一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと
 少し場の空気が湿っぽくなったのを感じとったのだろう。中村が持っていたビールジョッキをグイッと傾けたあとそれをテーブルに置いて言った。

「やめようぜ、この話は。そうだ。瀬奈さん。差し支えなかったら聞いていい? どんな仕事してるの?」

 努めて明るい調子で尋ねられ、由依はグラスを置いて答える。

「実は……保育士をしています」

 由依がそう答えると、真っ先に反応したのは、やはり子どもが生まれたばかりの与田だった。

「保育士さん⁈ えっ、マジ? 色々教えてくれない? もうすぐ嫁さん実家から戻ってくるんだけど、チビすけをどう扱っていいかわかんないんだよ」

 身を乗り出し戯けたように訴える与田に、由依は笑顔を向け尋ねる。

「お子さん、今何ヶ月ですか? 園には六ヶ月以上の子しかいないんで、私で参考になるかわからないですけど……」
「もうすぐ一ヶ月! あ、写真見る?」

 そう言うと与田はシャツの胸ポケットからスマホを取り出した。

「え! 見たいです!」
「瀬奈さん、こいつ煽てると延々写真見せられるぞ? 間違い探しみたいなどこ変わったわからないやつ」

 茶化すように佐倉に言われて与田は頬を膨らます。

「失礼だな。可愛いだろ? うちの子。いやぁ、嫁さんに似てくれて良かったわぁ!」

 また明るい雰囲気に戻り、会話と食事とお酒が弾む。
 それから由依は、与田の相談に乗ったり、三人の高校の時代の思い出話しに耳を傾けたり、久しぶりに心の底から笑っていた。

 そんなふうに過ごしていると、あっという間に一時間経っていた。席は二時間制と聞いていたからあと半分だ。
 そんな頃、部屋の扉が軽くノックされ入って来た店員は言った。

「お連れ様がお見えです」
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