雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜

10 手を繋ぐということ

◇◇

 スキンシップ治療の中で一番苦労することは、五分間触れ続けることだと思う。
 先日「握手する」をクリアするために私たちは五分間向き合って握手をしたのだ。五分、何もせずに向き合って握手をし続けるというのは前世から考えても初めての経験だし、正直あまり積極的にしたいものではない。

 顔を見つめるのも気恥ずかしいし、かといってずっとそっぽを向いているのも変だ。触れること自体が嫌ではないのだけどどうしても気まずさがあった。

「手を繋ぐ」は昨日一分をクリアしたから、今日は五分に挑戦することになる。

 いつものように仕事から帰宅して、夕食を食べて、スキンシップ治療の時間だ。

「今日は五分だね」
「ええ」
「五分、手を繋ぎながら庭を散歩するっていうのはどう?」
「そうしましょう」

 レインの提案はとてもいいアイデアに思えた。少なくともこの部屋で五分手を繋ぐだけよりよっぽどいいはずだ。

「それなら私は家の中に残っていますよ。異変があれば卵でお知らせください」
「わかった。それじゃあ行こうか」

 カーティスの言葉を受けて、レインは私に微笑んだ。

 ・・

 私たちの屋敷はさほど大きくない。彼の領地にある館は大きいのだろうが、この家は王都の住宅地の一角にある。庭といっても、前世の私が思い浮かべる日本の少し大きな一軒家の庭だ。正直散歩と言っても、三分もあれば端から端まで歩けてしまう。

「散歩って程でもないけどね」

 同じことを考えていたレインが笑う。

「それじゃあお願いします」

 そう言ってレインは私に手を差し出した。私は昨日までのようにそっと手を乗せる、すぐにレインは小さく握り返す。

「大丈夫そう?」
「うん、全然平気だよ。歩こうか、エスコートの練習にもなるんじゃない?」
「ええ」

 レインが私の手を取って歩き出す。堂々としていて、この様子を見てレインが女性に触れられないだなんて誰も思わないのではないだろうか。

「狭い庭をウロウロするのもなんだし、座る?」

 庭の隅に設置してあるベンチに私たちは腰かけた。もちろん手は繋いだまま。

「この庭じゃやっぱり散歩にはならなかったね」
 レインは苦笑しながら言った。

「でも部屋よりこちらの方がいいわ」
 風が頬に刺さる。夜の新鮮な冷たさが気持ちいい。

「今日はよく星も見えるしね」
 レインはそう言いながら空を見上げた。私もつられて見上げる。こうして空の星を眺めたのはいつぶりだろうか。
 フォーウッド領にいた頃はよくこうして空を見ていたけれど、王都に出てきてからは日々忙しく夜は身体を休めるだけで、時間を作ることはなかったかもしれない。

「五分経った」

 懐中時計を確認したレインが言うから、私たちはぱっと手を離した。

「夜にこのベンチに座るのは初めてかもしれない」
 レインはまだ空を見上げている。

「夜にあえて時間を作るのもいいものだね。私はもう少しここにいるよ」
 レインの瞳は夜空の星のキラキラが反映されたみたいだ。

「私もここにいていいかしら」
 彼の手のポケットの中にはあの卵がある。卵があれば隣に居続けなくてもいい。でも治療関係なく、まだここにいたかった。

「もちろんいいよ」
 手を繋ぐことはもうない。肩が触れそうで触れないそんな距離。
 今はそんな距離がちょうどいい。

 でも。
 もし、このまま治療がうまくいって。レインが女性に触れられるようになったなら。その後も私はレインの妻でいられるのだろうか。

 私は転生してきて、きっと悪役令嬢で、こんな治療なんてしなくても一瞬で彼の心を溶かすヒロインが現れるかもしれない。

 いつまでもこの距離でいられるんだろうか。


 ・・

 翌日、仕事が終わり建物を出ようとすると守衛のおじいさんに声をかけられた。

「お疲れさまです。あなたが来たらお渡しするように言われていました」

 いつも優しくニコニコしているおじいさんは私に手紙を差し出した。

「これは……?」
 真っ白の封筒で宛名も差出人もない。「誰からでしょうか」

「若い男性でしたよ。私は知らない人ですね」

 レインからだろうか。急ぎの用かもしれないと私はその場で封を開けてみた。

「……!」

 中に入っている折りたたまれた紙には「レイン・リスターとは別れろ」「セレンは僕の物だ」と書かれた紙が二枚入っていた。
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