雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
18 レイン・リスター
(性加害の話が出ますのでご注意ください)
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私たちは誰もいない砂浜に二人座った。目の前の夕日は完全に海に沈んで、青紫色の中だ。
「聞いて嫌な気分になる話かも」
「レインが苦しくなければ」
「あんまり話したくはない……けど、こないだみたいな危険な目に遭う可能性もあるから、話しておかないといけないとも思う」
隣に座るレインは少し緊張しているように目の前の海を見つめている。
「セレンは私の母を覚えている?」
「ええ、でも結婚式の時に少しご挨拶しただけだから……」
やはりレインとお母様には何か確執があるようだ。
レインの母を思い出す。驚くほど若く見えて美しくて、レインの美しさに納得がいった。
「私のアレルギーの原因は母なんだ」
砂浜の砂をいじりながら、レインは小さくつぶやいた。
「母は……アナベルは、私の実の母ではない。父の後妻で今は二十七歳だ」
「二十七歳……!?」
どうりで若くみえたわけだ、実際に若いのだから。勝手な先入観で母親の年齢だと思い込んでいた。
「アナベルは私を好きだと言う、恋愛的な意味で、だ」
レインは私の顔を見ようとしない。そして、そのまま海を見つめて彼は語り始めた。
・・
実の母は私が十三歳の時に亡くなった。それから二年後、新しい母が来た。それがアナベルだ。
アナベルは領地に住む飲食店の娘で、父が一目ぼれをして猛アタックを続けた。父曰く今まで見た中で一番美しい女神だったそうだ。
自分の娘でもおかしくない二十歳の子を、金に物を言わせてなんとか結婚に至ったらしい。
アナベルは私たち兄弟から見ると、明るくてきれいなお姉さんだった。私は暗かったし妹もまだ十歳だったから、最初は距離を取っていたがいつでも明るく話しかけてくれる彼女になついた。彼女のことを姉として受け入れようとしていた。
私は父とは折り合いが悪くてね。リスター家は継がせないと常々言われていてリスター家では立場があまり良くなかったから、母という大人の味方ができたことも嬉しかった。
それから半年ほど経ったある日。
夕食の後に私はアナベルに呼び出された。相談があるということで、頼られて嬉しいと思った私は彼女の自室に向かった。
そこで彼女は、父の妻であることが辛いと泣いた。彼女からすれば父親のような年齢の男だし、いくら金のためといえど辛いものがあるとは思って黙って話を聞いていた。
そして、突然彼女にキスをされた。
「な……」
「私はレインが好きなの……。レイン、私をここから連れ出して」
年齢的には五歳差だけど、私は彼女のことを母親として受け入れようとしていたし、十五歳からみると二十歳はとても大人に思える。
キスされて正直戸惑いしかなかったし、『母』にそんなことをされたという事実は罪悪感と恐怖がせりあがってきて私はその場で吐いてしまった。
アナベルは美人で今まで男性に受け入れられたことしかなかったから、私の態度に怒り、なじった。
「私はあなたのことを母と思っている……!」
そう言って彼女の部屋を飛び出すのが精一杯だった。
そこから数日、私はアナベルになるべく近寄らないようにした。彼女は何か話したがっていたけれど、一人にならないようにして話しかけられないようにした。
しかし、数日後の深夜。
違和感を感じて深夜に目を覚ました。寝返りがうまく打てなかったようで起きてしまったが、身体がやけに重い。それになんだか温かい感触がする。
「ん……?」
「あら、起きたの?」
「う、うわあっ!」
「やだ。そんな幽霊を見たみたいに」
クスクス笑うのはアナベルで、彼女はなぜか私の布団の中に裸でいた。
「な、なんでここに……」
「だって逃げられるから」
「なんで……」
私は幽霊を見るより怯えていたと思う。アナベルは私の身体にぴったりと全身をくっつけて、私の胸に頬をすり寄せていた。そして彼女はそのまま身をよじらせて私の唇に自分の唇を押し付けた。
「ん……!」
「レイン、ずっとこうしたかったの。私は貴方が好きなの」
「やめろ……!」
違和感があると思ったら、私の手首はしっかりとロープで結ばれている。抵抗しようと身体をよじるが彼女の重みで動けない。
「あの男は貴方にこの家を継がせるつもりはないでしょう?私と貴方の子供を作って、その子に継がせるというのはどうかしら?どうせあの男は私たちよりもずっと早く死ぬのよ」
アナベルの汗ばんだ指が私の胸をツツと撫でていく。
「私は別に継ぎたくない。リスター家はセオドアに任せるつもりだ!」
最も信頼できる親友の名を叫んだ。
「……そんなの私が嫌よっ!私が侯爵夫人なの、他の人間に譲らないわ。それに私はあなたと結ばれたいのよ!」
もう一度アナベルは唇を押し付けてくる。彼女の吐息が首筋にかかる。……気持ち悪い。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
「……う、」
苦しいと思ったとたん、息がうまくできなくなる。
「はあはあ……はあ……」
ヒューヒューと喉が鳴り、アナベルはぎょっとしたように私を見つめた。
「ちょっとレイン!?どうしたの!?」
アナベルが戸惑いながら私の身体を起き上がらせる。彼女の身体を重みから解放された私は、ロープでまとめられた腕を振りかぶり、ベッドの隣に置いてある大きなランプをなぎ倒した。
大きな音を立ててランプは落ちて割れる。アナベルの鋭い叫び声。
深夜にそれほど大きな音が聞こえれば、使用人や護衛が駆けつけてくるのは当たり前で。
すぐに裸のアナベルと、息絶え絶えの私が発見されることになった。
父はすぐに私を家から追い出すことに決めた。跡継ぎどころか、リスター家から除籍したがったが、今回の私は明らかに被害者だった。使用人たちにも目撃されている。
さすがに大ごとにはできないようで、父は王都の学園の寮生活の手続きを勝手に済ませていた。
二度と戻ってくるなと言われたが私も異論はなかった。
もとより家を継ぐ気もなかったし、魔法学園の方が楽しそうだ。妹のアメリアだけが心配だが、婚約者のセオドアがいる。
戻るつもりもない。父は惨状を目の前にしてもアナベルと離縁するつもりはなかった。彼女に心底惚れきっていて、無理やり結婚したのだから彼女が妻として存在するだけでいいらしい。
私は明らかに被害者で、全身に症状が現れて苦しんでいた目撃した使用人もたくさんいたというのに。しばらくたって私を被害者だという声は消えた。
噂話で聞こえてくるのは「アナベル様ならいいだろ」「あんな美しくてお若い方なら母として見れるわけがない」「手を出さないなんて情けないよなあ」「俺なら絶対に受け入れる」「アナベル様もおかわいそうに」「本当はレイン様から襲ったんじゃないか?」等と心無い声ばかりだ。
この家に戻る気はない。セオドアとアメリアにだけ別れを告げてカーティスと数人に連れて私はリスター領を去った。
異変に気付いたのは学園で生活を送ってすぐのこと。
同級生になった女生徒に触れられるとその部分が真っ赤に腫れあがった。学園のダンスパーティに誘われて女性と踊った後、あの日のように息苦しさが襲った。
「まさかアナベルに呪いをかけられたんじゃ」
しかし、アナベルの仕業ではなかった。
一度、彼女は私のことを諦めずにこっそり王都に出てきた。「このままレインと一緒に逃げたい」など言いながら私の腕は掴んだ。すると女生徒に触られた時よりもひどい――呼吸困難になるほどの症状に襲われた。
さすがのアナベルも「何それ呪い?」と怯えて、逃げるように帰っていった。
私に無理やり迫っても、体調が悪くなるを越えて命に関わるような状態になるから触ることが出来ない。
領地で過ごしていた頃の私は暗くて気弱でうまく人と話せなかった。でもうまく女性をかわせるようにならなくては、症状が出てしまう。努力して女性とも、誰ともうまく話せるようになった。
私にとってアレルギー症状はつらいものだったけど、皮肉にも彼女から身を守る手段になり、うまく社会を渡っていく術を身につけられる物になった。