新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
相手は女性で、しかも貴博って呼び捨てにしてる。
「頼むから」
「でも、携帯も出てもらえなくて私……」
ああ……。
もしかして、高橋さんが出なかった電話の相手は、今居る女性だったの?
陰で聞いていても、女性が泣きそうな声だった。
「話すことなんて、もうないだろ?」
「でも、どうしても分かってもらいたくて……」
「もう、過去のことだ。 お互い、別々の人生を歩み始めたんだから」
過去のこと?
それって、どういう意味?
「貴博……私は……」
「2度と、会うのはよそう。 これを最後にしてくれ。 此処には、来ないで欲しい」
高橋さんが、一方的に畳みかけるように話しているなんて珍しい。
でも、何故?
「やっと、俺も……違う人生を見つけられたんだ。 これ以上は、頼むから俺をもう……解放してくれ。 ミサ」
今……何て言った?
高橋さん。
今、ミサって……。
私の知らないところで、まだ会っていたの?
確かに、ミサって言った。
もう2度と、高橋さんの口から出来ればその名前を聞きたくなかった。
しかも、そんな哀愁を帯びた言い方で呼ばなくても……。
ハッ……。
全身の力が抜けてしまい、持っていたプレゼントの紙袋を床に落としてしまった。
すると、ピロティの門の開く音がして、足音がこちらに近づいてきた。
どうしよう。
今は、高橋さんに会いたくない。
ミサさんまで居るこの場の空気を、3人で一緒に吸いたくない。
この場を立ち去りたいのに、足が震えてなかなか動けない。
やっと左足で一歩、後ずさりが出来た。 しかし、それと同時に体の向きを変えようとした途中で、視界に高橋さんの姿が見えて立ち止まってしまった。
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