新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
「お前……」
高橋さんの声に、何度も首を横に振った。
瞳に映っていた高橋さんが、みるみる涙で歪んで見えなくなっていく。
高橋さんが、私が落としてしまったプレゼントの入った紙袋を屈んで拾い上げた際、その弾みで中のメッセージカードと、高橋さんが実家に帰っていてバレンタインデーに渡せなかった一緒に入れたチョコレートが半分飛び出し、メッセージカードの表書きの文字が少し見えていた。
【 高橋さんへ 】
それが、虚しい文字に見えた。
「ご、ごめんなさい。 私、聞くつもりじゃ……いえ、聞いてしまったんですが……本当に、ごめんなさい……ごめんなさい」
高橋さんの顔が、まともに見られなかった。
何故だろう?
凄く、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
立ち聞きはいけないことと分かっていながら、聞いてはいけないことを聞いてしまった罪悪感に苛まれた。
誰しも、他人に入って欲しくない領域がある。 その部分に、厚かましく踏み込んでしまったのかもしれない。
ミサさんと……まだ続いていたのかな?
別れたにしても、こうしてまだ会うことがあったんだ。 でも、それは私には関係のないこと。
そう言い聞かせてはみたものの、そんな聞き分けのいい子になんてなれない。
何故、今更ミサさんが?
高橋さんの中では、ミサさんはもう過去の人になったんじゃなかったの?
あれは、嘘だったの?
エレベーターホールまで、必死に走った。
涙が走っている間に、全部飛んでくれればいいのに。 必死に涙を堪えても、堪えても、流れ落ちてきてしまう。
ミサさんとのことは、もう過去のこととして……だから私と向き合ってくれて、同じ時間を刻んで行こうって。だから、この時計をくれたんじゃなかったの?
時計を左手でギュッと押さえながら、エレベーターを降りてマンションのエントランスから外に出た。
時計を押さえながら呪文のように、何度も頭の中で繰り返す。
きっと、ミサさんが勝手に尋ねて来ただけ。 高橋さんから、会おうとしたんじゃない。
今日は、高橋さんの誕生日で……その誕生日に、ミサさんが尋ねてきたのは……偶然? 必然? 
分からないことばかり。
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