新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
改めて、今まで気づかなかったのは自分だけで、その事実を突きつけられた気がした。
何も知らなかったのは、私だけ……。
駅までの帰り道、来た時とは別の日なんじゃないかと錯覚するくらい、日が翳ってどんよりとした曇り空に変わっていて、今にも雨が降り出しそうだった。
まるで、今の自分の心を映しているようだ。
高橋さんのマンションに向かった時は、太陽の陽射しに背中を押してもらって日だまりの中、足取りも軽く歩いていたのに……。 今は、全てが灰色の世界の中を、鉛を背負って歩いているようで足取りも重い。
自宅の最寄り駅に着いた時には、土砂降りの雨になっていた。
今の心境と一緒だ。
天気予報外れたね……通り雨なのかな。 
空を見上げると、冷たい雨が顔に当たった、
この気持ちも通り雨のように、いつの間にかすっきり晴れてくれればいいのに。
駅から家までの距離を走る気力もなく、冬の午後、雨に打たれてもそれを冷たいとも感じないまま、擦れ違う人達に不思議そうに見られても気にもせず、家に向かって歩いている。
角を曲がって家まであと少しの距離のところで、マンションの前に1台の車が停まっているのが見えた。
高橋さん……。
何で、居るの?
運転席のドアが開いて、車から高橋さんが降りてきた。
複雑な思いで、立ち止まってしまった。
高橋さんが傘をさして、こちらに向かって歩いて来るのが分かる。
何で……何を言いに来たの?
びしょ濡れの私と向かい合った高橋さんは、無言で傘を差し出して傘の中に私を入れた。
土砂降りの雨の中、無言のまま視線を交わす。
傘に打ち付ける雨音が無駄に大きく聞こえ、誰もいない歩道にまるで地面を管楽器のように打ち響かせている。
幸か不幸か、びしょ濡れになっていたお陰で、雨なのか涙なのかはきっと高橋さんにも区別がつかなかったと思う。
どのぐらいの時間、高橋さんの傘の中で視線を交わしていたかは分からないが、とても自分から話し掛けることは出来ず、色々な思いが交錯していた。
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