新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
「俺は、厳しい言い方をするようだが……。 たとえ、今こうしてお前と居ても、会社に一歩入れば組織の中にいる人間で、管理職でもあり、中原やお前の上司でもあることだけに集中している。 だから、まったくの別人と思ってもらっていい」
そんな……。
高橋さんが両腕を持って自分の胸から私を離し、瞳を捉えた。
「お前に、その区別が出来るか?」
「えっ……」
急に問われても、咄嗟に応えに戸惑ってしまう。
今、目の前にいる高橋さんと、会社にいる高橋さんをまったくの別人と思えと言われて、素直にそう捉えられるかどうか、自信がない。
「急に、そんなこと言われても……」
「それが出来ないのなら、俺はお前を手元には置けない」
高橋さん……。
私を捉えた高橋さんの瞳は、まるで獲物を狙った動物のような鋭い眼光を放っている。
「そ、それが、もし……もしも出来るとしたら、私は会計に居てもいいということなんですか?」
「ああ」
嘘!
そうなの?
居てもいいの?
高橋さんの傍に、居られるの?
「でも、部内恋愛は駄目なんじゃないんですか?」
「誰が、そんなことを言ったんだ?」
「えっ? だって、去年高橋さんと一時期噂になった時、社長に呼ばれたじゃないですか。その時、社長も扱ってるものが、扱ってるものだからって仰ってましたよね?」
私を捉えていた高橋さんの瞳が、一瞬その時のことを思い出そうとしたのか、視線を逸らした。
「ああ。 そんなことも、あったな」
高橋さんも、思い出したようだった。
「それに、高橋さんも社長に今後このようなことはないので……みたいに仰ってましたよね?」
そうなんだ。
あの時の高橋さんのひと言は、今でも思い出すと胸がチクチク痛む。
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