新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
高橋さんの左手が私の顎を持ち上げ、私の視線を自分に合わせた。
「経理は金を扱っている所だけに、俺はお前と馴れ合いにはなれないし、なりたくない」
「高橋さん……」
そんなことまで考えてなかったというか、考えにも及ばなかった。
ただ、部内恋愛は駄目なのかとしか思ってなかったから。
でも考えてみると、社長はあの時、私に言ってくれた。
高橋さんのことが好きなことを見破られて、頑張りなさいと言ってくれたんだった。
それが、部内恋愛を容認してくれているとすんなりとは思えないけど、でももし駄目だったらあんなことはきっと言わなかっただろうし……。
親指と人差し指で掴んでいた私の顎から手を離し、高橋さんが腕を組んだ。
そして、もう1度座っている私と同じ目線になるように、少し屈みながら私の顔を覗き込んだ。
「どうだ? 出来るか? お前に」
出来る。 出来るはず。 出来なければ、おかしい。
躊躇うことなく目を瞑りながら、何度も頷いた。
今、私に聞いている高橋さんは、半分上司の顔で、あとの半分がプライベートの部分の高橋さん。
会社では上司の高橋さんだからとはいえ、今まで接してきた通りだから何がどう変わるわけではない。
ただ、私のことを今までより大目に見てくれるということもなく、甘えを出すなということなんだと思う。
高橋さんの傍に居られるんだったら、そのくらいまったく苦にはならない。
離れてしまって、高橋さんと別の場所に行かされることを考えただけでも、ゾッとする。
それだけは絶対に避けたいし、あり得ないほどの哀しさと寂しさに襲われる。
「いい子だ」
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