新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
それでもミサさんを忘れられなかった。 高橋さんは、どれだけの思いをミサさんに持っていたの? 
高橋さんの胸の中でただ泣くことしか出来ない自分の未熟さが、情けなかった。 
恐らく、高橋さんは泣くことさえ出来なかったんだろう。 その心の傷を、どう対処していいのか分からなかったはず。 大学2年から、引きずっていた思いを……。 
「俺は、この10年近くその信念だけでやって来た。 でも、それは間違っていたんだ」
エッ……。
「間違っていた?」
胸に押しつけていた顔を離し、高橋さんを見上げた。
「ああ。 ただ、俺の未熟な考えだけだったんだ」
未熟な考えだなんて……高橋さんが。
「若かっただけじゃ、済まされない。 俺は、馬鹿だった。 ミサの本当の気持ちを、見抜けなかったんだ」
本当の気持ちって……高橋さん。 何を言うの?
まだ、何かあるの?
きっと、今でもミサさんを好きなんだ。 そういうことを言うってことは……きっと、今でもミサさんを高橋さんは……。 
「俺が、呑気にそんな低次元な考えのまま生きてきたこの10年は……無に等しい」
「そんな……」
高橋さん。
何で、そんなことを言うの?
「ミサの結婚した相手は、俺達が所属していたモデルクラブの社長だった」
そうだったんだ。
「そして、その人はミサのすべてを受け入れた」
すべてを受け入れた?
「ミサのお腹の中にいた子供は……俺の子だったんだ」
嘘……今、何て?
嘘でしょう?
息が上手く出来ない。 苦しい……まさか、そんな……いつかブルックリンで……あの橋で擦れ違ったあの子供が……あの子が高橋さんの子供だなんて。 
何てことなんだろう。
「俺の血液型はO型で、その人……ミサのご主人の血液型もO型だった。 ミサは全てを打ち明けて、最初から自分達の子供として育てることを認めてもらったらしい」
「どうしてですか? 何故? 何でミサさんは……本当のことを高橋さんに言わなかったんですか? 高橋さんと別れてまで……産むなんて」
考えられない。 
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