新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
ああ……。
高橋さんの言葉に、強く目を瞑った。
もう、何が何だか……私の知らないところで、めまぐるしくいろんなことが起こっていて……。
ふと見ると、高橋さんはギュッと両手の拳を握りしめていた。
「だから俺は、その子に骨髄を提供する為に入院している。 どうしても全身麻酔になるから、日帰りは無理なんだ。 本来ならばスケジュール的に2ヵ月以上前から組んだスケジュールに従い、入院期間も普通は3泊4日なんだが明良に勝手に4泊5日にされた。 俺は3泊4日でいいといったんだが……明良が、それだと金曜日に退院後直ぐ会社に行くから駄目だと却下された」
金曜日までお休みというのも、そういうことだったんだ。
「でも何故……何で外科に入院してるんですか? ヒクッ……ヒックッ……」
もう涙で顔は、ベチャベチャだった。
それでも聞かなければという意思が働いて、勝手に自分の口が喋っている。
「ミサのご主人に、ミサのあの時の本心を聞かされて……でもその子にとっては戸籍上の父親はあくまでその人な訳だから。 ドナー登録をして、ドナーに骨髄を提供する場合もドナーと直接会うことは出来ない。 希望があれば、1年間だけは財団を通じて手紙のやりとりは出来ることはあっても、それも回数は限られているし、当然本人と認識できる文言は書けない。 いくら本当の父親であったとしても、今までの経緯を考えればこれから先も会わない方がいいと、俺は言ったんだ。 俺自身としても無責任かもしれないが、会わない方がいいと思った。 子供に罪はない。 事実を知ったところで、困惑するだけだ。 彼の人生を狂わせるようなことを、これ以上周りの大人がしてはいけない。 それで、念のためドナーの誓約書を書いた時に、そのことも付け加えて貰った。 今後、一切関わらない。 そして、会わないということを。 でもミサは、どうしても子供にひと目会って欲しい。 父親だと言わなくていいから会って貰いたいと、それで電話やお前が来たあの日、ちょうどそのことで家に来ていたんだ」
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