新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
あの時、そんなことが……。 旅行中に、何度も携帯電話が鳴っていた。 高橋さんのマンションに、ミサさんが来ていたのはそういう理由があったなんて。
「でも、どうして高橋さんの家や携帯電話の番号が、分かったんですか?」
ミサさんが知るはずのない高橋さんの携帯電話の番号や住所を、どうして知ったの? こういうところ、女性特有の気になる部分なのかもしれないが、どうしても気になった。
「さあな。 でも、まかりなりにも有名なモデルだったわけだから、色々な伝手を頼って調べたんだろう。 でも、俺は断った。 その方が、お互いの為だと思えたから。 だから本来なら、この病院だと血液内科なんだろうが、俺が明良の居る外科に敢えてして貰った。 万が一、その子は小児科だが遭遇しても困るから。 勿論、前に会ったことはあるが、俺の顔は憶えてはいないだろう。 だが、何となくこういうことは不思議なもので、血の繋がりが成せる感覚で分かってしまうこともある」
血の繋がり……。
だからあの時、ミサさんに高橋さんは 『 もう俺を解放してくれ 』 と、言ったのかな?
「俺は……俺の知らない所で10年間も俺の子供が存在していたことすら、知らなかったんだ。 何でだろうな? やっと吹っ切れて、お前と向き合えた矢先、このことが発覚するなんて。 因果は、巡る……か」
因果は、巡る?
「ここまでは、建て前の話しだ」
「えっ?」
建て前って……まだ、何かあるの?
もう、色々なことがありすぎて……でも、高橋さんは私よりも、もっと若い時にそれを経験してきている。 物事に対する考え方が落ち着いていて、同年代の人とは別格なのはそういう経験があってのことなんだ。 
「俺は、ミサと別れた時、本当はミサのお腹の子は俺の子じゃないかって薄々分かっていたんだ」
嘘……。
「あの時、突然ミサが結婚すると言い出しておかしいと思った。 どう考えても、相手と付き合い出した時期と時系列が合わない気がした。 それでも、俺はミサが本当にその人のことを好きで幸せになれるんだったらと本意ではなかったがミサの言う通りにしようと思って、それ以上は追求することはせずに身を引いた。 ミサは、そのことに気付いていたかもしれない。 当時は、まだ20歳の俺だったからガキの演技なんてすぐばれる。 でも、ずっと俺はそのことを後悔し続けていた」
だから……だから明良さんや仁さんは、それを知っていて……高橋さんもミサさんも、お互いに身を引いたなんて。 そんな哀しいことがあっていいの?
「俺の親父の気持ちが、今なら分かる気がする」
お父さん? 
高橋さんのお父さん? 
ちょっと待って。 高橋さんのお父さんって、確か居ないはずじゃ……。
「一緒に居ることが、全てではない。 一緒に居られないこともある。 敢えて、一緒に居ない方が相手のためになることも……自分の思いを遂げる術は、相手と一緒に歩むことだけとは限らない。 相手を思いやる気持ちには、そういう選択肢もある。 そんな俺は、やっぱりもう……あの時から人を愛する資格はなかったということだ」
高橋さん……。
< 157 / 237 >

この作品をシェア

pagetop