新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
トントン。
高橋さんが言い掛けたところで、ドアをノックする音がしてその先を遮られてしまった。
「あら。 もう面会時間は、終わりですよぉ」
「すみません。 今、帰るところですから。 お前、気を付けて帰れよ」
高橋さんが、体温計を持ってきた看護師さんに謝ってくれている。
「はい……それじゃ……失礼します」
「お気をつけて」
看護師さんの声が聞こえたが、振り返ることが出来ずにそのままドアを閉めた。 高橋さんと中途半端に会話が終わってしまったが、もう堪えきれず病室を飛び出した感じだった。
高橋さんとミサさんとの間に、子供が居たなんて。 色々なことがあり過ぎて、頭の中をどう整理をしていいか分からない。
高橋さん……今、どれだけ傷ついているんだろう。 どれだけ辛い思いをして、どんなに苦しんでいるのだろう。
でも、その隣に私は居られない。 一緒に居ることは、出来ない。 一緒に居ることも……。 
こんなに好きなのに、どうして別れなければいけないの?
誰よりも、好きなのに。
『 お前が、思っている通りだ 』
それって、高橋さん。
私のことを、好きだったということですか?
そう信じていいんですか?
ミサさんとのことがなければ……これから先も、ずっと一緒に居られたの?
もう、何もかも消えてしまえばいい。 私の存在を消し去って欲しい。 そんな短絡的なことを考えてしまう。
最後に、高橋さんが言いかけた  『 いつか…… 』 その後、何て言いたかったの?
何を言ってくれようとしたの?
高橋さん……もう、どんなことをしても高橋さんに、この思いは届けられない。 届かない。
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