新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
簡単って、仁さん。 私に高橋さんの気持ちを変えさせるのは、そんな簡単なことじゃないと思うんだけれど。
「陽子ちゃんは、今までどおりに接していればいいんだ」
「無理ですよ。 そんな……」
仁さんったら、何言い出すのよ。
「無理なんかじゃないさ。 だって、仕事中は貴博のことだから普通に今までも接していたんでしょ?」
「はい。 まあ……」
「だから、そのまま今までどおりに接すればいいんだよ」
この人は、どうしてこうも簡単に物事を考えられるんだろう。 そんな直ぐに割り切れるものじゃないのに。
「陽子ちゃんが普通に貴博と接していれば、必ず彼奴は手を差し伸べてくるはず」
もう、呆れちゃう。
「仁さん。 高橋さんは1度自分で決めたら、絶対曲げない人なんですよ。 私に手なんか差し伸べてくれるはずなんて、ないじゃないですか」
すると、仁さんが右手の人差し指を立てた。
「いい? 陽子ちゃんは、ただでさえ見ていて危なっかしいから。 だから、きっとそんな陽子ちゃんを見ていて堪らず貴博は手を差し伸べる」
「仁さん」
酷い。 危なっかしいって……それじゃ、まるで私が半人前みたいじゃない。
「陽子ちゃんは、変に構えないで。 本当に、普通にしていてくれればいいんだ」
「でも、もう私……自信がありません」
本音だった。
この状況をどうしていいのか。 高橋さんとこの先どうなるのかさえ、今の私には分からない。
「頭は、冷静に。 されど、心は熱く」
「えっ?」
「貴博は、そういう男だよ」
「仁さん……」
「この言葉の意味が、いつか分かる日が来るから」
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