新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
何だか、よく分からない。 
仁さんの論法を聞きながら、半信半疑のまま車を降りた。
体も気持ちも重くなりながら家に入り、力なく持っていたバッグを床に落とした。
もうどんなことをしても、高橋さんは……。
部屋の片隅で抱き締めた膝頭に、グッと熱い額を押し付けた。
夢だったらいいのに……テレビドラマのような台詞が頭を過ぎる。
高橋さん……私、どうしたらいいの?
そして、当初の予定通り、高橋さんは週明けから仕事に復帰した。

顔をあげれば、直ぐ傍に高橋さんが居る。
それは、嬉しいこと? 辛いこと?
胸に手を当てて、正直な心に問い掛ける。 やはり、嬉しいこと。
本来、別れてしまった恋人には、殆どといっていいほど偶然でもなければ会わないし、会えないと思うから。 社内恋愛の1番のネックは、こうしてもしも別れてしまった時、お互いのどちらかが会社を辞めない限りは社内で顔を合わせることもあるわけで……。
まゆみは、社内恋愛を何度も経験しているけれど、そこは割り切っているという。 気まずい雰囲気になっても、仕事がやりづらいだけだからという理由から。
まゆみはあの性格なので、サラッとしてもう付き合っていたこと等、なかったように普通に接することが出来るのだろう。
私の場合は……高橋さんが上司である以上、何時も目の前に居るわけで、会議等にも一緒に出席することも多いから、全てを忘れて再出発というようには到底いかない。
勿論、忘れようとも思っていなかった。
あの日、仁さんから言われた言葉に淡い期待を寄せていたが、一向に何も変わらない。 そもそも、高橋さんは有言実行、意思の堅い人だからそう簡単に変わるとは思えないし、その気持ちが覆ることはないような気がする。
仁さんの言っていたことは、やはり眉唾だったんだ。 少しでも期待してしまったことに、腹が立った。
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