新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
今夜は、このまま家にはまだ帰りたくなかった。 何となく、発散したい気分だった。
同期の子を誘ったが、彼氏が迎えに来ているとかで先に帰ってしまい、中原さんを捜したけれど何処に居るのか見当たらない。
「いいジャン! もう、行こうよ。 時間がもったいないからさ」
「えっ? そ、そうですよね。 後で、場所が決まったらメールしてみます。 先に、行きましょうか」
中原さんを見つけられないまま、会場を後にした。
エレベーターに乗っていると、何だか周りの景色がぐるぐる廻っているのがよく分かった。
今まで座っていたから分からなかったが、結構酔っているみたいだ。
エレベーターが1階に着いて降りる頃には1人ではもう歩けない感じで、一歩足を前に出そうとしてよろけてしまった。
「キャッ」
「大丈夫?」
危うく転びそうになって、田中さんに脇を支えられていた。
「す、すみません」
「いえいえ。 矢島って、痩せてるんだな。 見た目、そんなに分からなかったけど」
「えっ?」
今、ウエストを触っただけでそんなことが分かるの?
「そ、そんなことないですよぉ。 田中さんったらぁ、もう!」
「アッハッハ。 照れちゃって、可愛いね。 俺、痩せてる子がタイプだから。 それじゃ、行こうか」
「はぁい」
結局、エレベーターを降りて田中さんに支えられながら、田中さんが知っているというお店に向かって歩き出した。
「どんな感じのお店なんですかぁ?」
眠くなってきてしまったので、寝てしまわないように歩きながら話し掛けた。 
「直ぐ、そこだよ」
「そうなんですね」
でも、直ぐそこって言ってるけど、随分歩いているような気がする。 それなのに、一向にそれらしくお店に辿り着けない。
「お洒落な感じのお店なんだ」
「うわぁ。 楽しみです。 あと、どのぐらいですか? お店の名前と場所を中原さんにメールしないと。 あっ。 お店の名前は、何て言うんですか?」
もう眠いし、足が疲れて歩きたくなくなっていた。。 
「その先を曲がったところだから、着いたら落ち着いてメールしたらいいよ」
「良かったぁ。 もう、疲れちゃって歩けませんよぉ」
「それじゃ、おんぶしてあげようか?」
エッ……。
「と、とんでもない。 大丈夫です。 まだ歩けますから」
慌てて丁重に断りながら右前方の角を曲がろうとしたその時、後ろから誰かが走ってくる足音がして、いきなり右腕を掴まれて引っ張られた。
「うわっ」
その拍子に、もの凄い勢いで引っ張られた方へ体ごと飛んだような感じだった。
な、何?
誰?
< 167 / 237 >

この作品をシェア

pagetop