新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
何だか、気分が悪くなってきた。
その人を見ようとしたが、今引っ張られた拍子で頭がグラグラして視線を定めることがなかなか出来ない。 頭を押さえながら、気持ちが悪いのが治まるのを待つのに必死でそれどころではなかった。
「高橋さん」
エッ……。
この香りは……まさか?
田中さんの声に頭を押さえながらゆっくりと視線を上げていくと、後ろにまわした右手で立っているのが不安定で倒れそうな私の腕を掴んだままの広い背中。 見間違うはずのない、高橋さんのネイビーのジャケット姿が目の前にあった。
「田中。 どういうことだ?」
「えっ?」
「俺の部下を、何処に連れて行く?」
「あの……それは、その……」
あまりにも失礼な高橋さんの物言いに、田中さんも困っていたので思わず口を挟んだ。
「高橋さん。 そんな言い方することないじゃないですか。 これから田中さんと、飲み直しに行くだけですよ」
思わず、後ろから高橋さんを睨むと、チラッとこちらを振り返った高橋さんが俯き加減に不適な笑みを浮かべた。
「フッ……いいから、行くぞ」
「ちょ、ちょっと、高橋さん。 離して下さい。 私、まだ田中さんと飲みに行くので、帰りませんから」
掴まれた腕を振り解こうとして抵抗はしてみたものの、高橋さんは私の腕を掴んだまま歩き出していた。
暫く引っ張られるように歩いて大通りまで出たところで、もう頭に来て酔っていたこともあって大声を出した。
「高橋さん。 離して下さい!」
「いいから、大人しく帰るんだ」
そんな私の大声にも怯むことなく、高橋さんは静かな口調で言うと、空車のタクシーを見つけて手を挙げた。
「何で、こんなことをするんですか? 勝手なことしないで下さい。 高橋さんには、関係ないことじゃないですか」
「俺は、お前の上司だ」
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