新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
何よ。 何が、上司よ。
人は、酔っている時ほど気が大きくなっていることはない。
普段は絶対出来ない反論も、高橋さんに強く言えてしまう。
「上司、上司って、何も分かってないくせに」
「分かってないのは、どっちだ」
うっ。
高橋さんの声は、冷酷で凍りそうなほど淡々とした言い方だった。
改めて、身をもって実感した気がする。 今の高橋さんにとって、私は部下なんだと……。
そんなことを考えて隙を見せて怯んでしまったせいか、結局一緒にタクシーに乗せられていた。
タクシーが走り出した途端、高橋さんが何処かに電話を掛け始めた。
「もしもし。 中原? 見つけた……ああ。 お前の言った通りだった……今、何処だ?……そうか……悪かったな。 気を付けて帰れよ。 それじゃ」
「あっ! 中原さんだったら代わって欲しかったんですけど。 さっき見当たらなかったから、2次会の場所を伝えられなくて……そのままお店を出ちゃったからあとでメールをしようと思っていたんです。 あぁん。 代わって欲しかったです」
中原さん。 きっと先に行ってしまったから、気を悪くしているかもしれないもの。
「中原は、会場で俺を捜していたんだ。 お前が、田中と帰ろうとしていたから。 それなのに、お前等が勝手に先に帰ったりするから……それで、今まで中原もお前を捜していた」
何で?
どうして中原さんは会場で高橋さんを捜していて、それで今まで私を捜していた?
「何で、田中さんと帰っちゃいけないんですか? そうじゃなくて……私は、田中さんと2次会に行こうとしただけですよ」
どうして、そこまで高橋さんは田中さんを嫌うような言い方するんだろう?
「お前。 田中のこと、何も知らないのか?」
「何のことですか? 良い人ですよぉ。 田中さぁん」
酔っているからか、つい高橋さんの話を茶化してしまった。
「だから中原は心配して、真っ先に俺を捜しに来た。 中原は、田中より1つ下だということを彼奴なりに考えて……1人よりも俺と2人で捜した方がいいと考えてな」
高橋さんが言っていることも、中原さんが何故今まで私を捜していたのかも、酔っているからか思考能力がいつも以上に働かず、さっぱり分からない。
左右にゆっくり首を傾げながら隣に座っている高橋さんを見た。
「お前……少しは、中原の気持ちも考えてみろ」
「えっ? 中原さんの気持ちですか? だって……彼女が居るわけだし、考えてみろって言われてもぉ……」
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