新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
ちょうどガードレールの上に腰掛けていたが、自分で自分を支えきれず頻繁に後ろの仰け反ってしまう。 そんな私を高橋さんの左手が、支えてくれていた。
だけど、さっきから高橋さんは何も話し掛けてはくれない。
それでも、気持ち悪いけれど一緒に居られるだけで何だか嬉しかったが、だんだんそんな悠長なことも考えていられなくなってきた。
「気持ち悪い……苦しい……」
「吐いた方が楽になれるんだったら、遠慮なく吐け」
「嫌……」
絶対、嫌だ。
高橋さんの前で、そんな醜態は晒せない。 でも気持ち悪い……吐きそうだ。
「飲み過ぎだ。 お前」
高橋さんの呆れたような声。
でも、高橋さん。 私……飲まなきゃいられなかったの。 
どうしてだか、分かりますよね? 
鋭い高橋さんのことだから、私がどうしてこんな醜態を晒しているのか。 とっくに気付いているはず。
だんだん涙目になってきて気休めに胸をさすってみたが、胃を圧迫されているようになってきて、喉の奥にこみ上げて来るものを感じた。
「キャッ……」
高橋さんが、ガードレールの上に半分項垂れながら腰掛けている私の体を起こして腰を掴んで立たせると、力ずくで屈ませた。
「な、何するんで……グヴゥ……オエッ……」
高橋さんは、いきなり私の口に自分の指を入れると、あろうことか無理矢理吐かせた。
「嫌……何で……」
屈んでいたが、立ち上がって高橋さんに猛抗議しようとしたけれど、急にクラクラしてきて貧血を起こしたらしく、そのまま高橋さんの腕の中にゆっくり倒れ込んだ。
でも、倒れ込む寸前、視界に入ったものがあった。
ああ……。
朦朧とする意識の中で、景色が反転していく。 
そんな私を支えようとして差し伸べられた高橋さんのジャケットの袖口付近が、私の吐瀉物で汚れていた。 そして、その右手首には……。
「おい。 大丈夫か? しっかりしろ!」
高橋さんの声が、遠くの方で聞こえている。
駄目。
目を瞑っているのに吐いた時の刺激からか、目尻に向かって涙が流れてくる。 でもそれは、吐いたからだけではなかった。
高橋さんの……右手首……。
そのうち高橋さんの呼びかける声も、聞こえなくなっていった。

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