新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
無性に喉が渇いて、目が覚めた。
見慣れた景色。 見慣れたベッド。 自分の家なのに、でも何かが違う。
ああ……服を着たまま寝ていたんだ。
あっ!
「痛っ……」
思い出して起き上がった途端、もの凄い頭痛と目眩に襲われてまたベッドに横になった。
はぁ……また、やっちゃった?
昨日、田中さんと2次会に行こうとして、強引に高橋さんに連れ戻されてタクシーに乗せられて……途中で気持ち悪くなって、それで……その後どうしたんだっけ?
そうだ!
吐いたんだった。
高橋さんが、無理矢理私の口の中に指を入れて……。
ああ、恥ずかしい。
それから、どうやって家まで帰って来たんだろう?
自己嫌悪と二日酔い特有の胃がやけて、喉が無性に乾く。 体を静かに起こして、冷蔵庫に向かった。
冷たい水を飲み干して、少し生き返った気分だった。
それにしても……。
ハッ!
テーブルの上に、何やら小さな四角い紙が置いてあるのが見えた。
吸い寄せられるように、近づく。
ああ……見慣れたこの文字は……そう。 高橋さんが書いた文字。 懐かしさで、胸がいっぱいになった。 
「悪いと思ったが、勝手にバッグから家の鍵を探させてもらった。 鍵は玄関の床に落ちているので、よろしく。 高橋」
高橋さん。
きっと、私を此処まで運んでくれたんだ。
名刺の裏に書かれた、大好きな人の文字。 そっと胸に名刺を押し当てながら玄関に向かうと、書いてあった通り、家の鍵が床に落ちていた。
多分、鍵を掛けてドアの郵便受けから投げ入れてくれたんだろう。 高橋さんらしいな……。 抜かりのない人なんだね。
静かに屈んで、鍵を拾う。
この鍵を高橋さんの手が握っていたと思うと、それだけで胸がいっぱいになって、たかが鍵なのに握りしめてしまっていた。 左手で握っていたのかな。 それとも、右手?
まだ、こんなにも高橋さんが好きなんだということを改めて実感してしまう。
右手に何の違和感ももうなくなってきているほど馴染んでいる、時計を見た。
でも、昨日……高橋さんの右手首に、時計はなかった。 同じ時間を刻んで行こうと言っていたあの時の高橋さんは、もう居ない。
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