新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
「だけど、時計はしていなかったの……。 それが、全てなんだと思う。 私は……」
「なぁに、言ってんのよ。 偶々、忘れただけかもしれないじゃない。 あれだけ卒のない男だから、陽子に吐かせようとした直前に外したのかもしれないよ? そんなの1回していないところを見たからって、直ぐに決めつけたらもったいないって」
「もったいないって……まゆみ」
まゆみも、何を考えているんだか。
「時計はしてないだけで、ポケットとか左手とかにしてる可能性だってあるわけでしょう? 時計をしてないからって、陽子のことを嫌いになったわけじゃないんだし……それに自分が時計をしてたら、陽子が諦めきれないんじゃないかって考えているのかもしれないよ? 私が彼奴の立場だったら、陽子が寝ている隙に陽子がしている時計を外して持って帰っちゃうよ。 そんなものに、何時までも縛られていたら可哀想だぁ! ぐらいに考えてさ」
「そうなのかな。 でも……」
「でも、じゃなぁい! 現に、奴は陽子にちゃぁんと橋渡しの置き土産を残していっている。 きっかけを求めているとしか、このまゆみ様には思えないね」
「橋渡しの置き土産? きっかけ? まゆみ。 何を言っているのか、よく分からない」
橋渡しの置き土産を残していっているって……何?
きっかけって?
「あれよ」
まゆみが指差した方を見ると、そこにはさっき見つけた高橋さんのハンカチと自分の家のタオルが干してあった。
「あれが、どうして?」
「あんたは、本当に天然ちゃんだよね。 ハンカチ、あれハイブリッジのジャン。 必ず、陽子が洗って返すでしょう?」
「うん。 そのつもりだけど……」
「ハイブリッジは、陽子と完全に切れないようにサインを出しているんだよ。 きっと」
益々、まゆみの言ってることが分からなくなった。
「サインを出しているって?」
「俺は、まだお前が好きだよってことをね。 まあ、本人も無意識かもしれないけどさ。 だから時計をしていなかったことぐらいで、諦めようとか思っちゃ駄目だよ。 陽子! だいたい、一筋縄じゃいかない面倒な男だってことぐらい、あんたが1番よく分かっているんじゃないの?」
「まゆみ……ありが……とう」
「また泣く。 はぁ……陽子は本当にハイブリッジのことでは、よく泣かされているわな」
それは、違う。
否定を込めて、首を横に振った。
「何? 陽子。 ハイブリッジを庇うわけ?」
「だって、私が何時も勝手に泣いているだけだから……ヒクッ……」
「益々、彼奴は私の敵だわね。 ウハハ……」
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