新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
私の事で、 忙しい高橋さんの時間を削って欲しくなかったけれど、 そうだったんだ。 税務署の帰りに寄ってくれたんだ。
今日なんて、 もうとんでもなく忙しいはずなのに。
寸暇を惜しんでフル回転で飛び回っている高橋さんが、 病院にわざわざ来てくれた。 それだけで、 もう胸がいっぱいになっている。
高橋さんが、 バッグの中から何かを取り出した。
「給料明細と、 何だかいろいろお知らせとか来ていたから、 一応持ってきた。 此処に置いとくな」
「ありがとうございます」
「ちゃんと食べないと、 駄目だぞ」
「えっ?」
な、 何で知っているんだろう?
あまり食欲がない事を。
でも点滴をしているから何となくお腹がいっぱいで、 それに殆ど動いていないので余計お腹が空かないのかもしれない。
「明良が言ってた」
「明良さんが?」
高橋さんが、 静かに頷いた。
何よ! 明良さんったら。 医者は守秘義務があるとか言ってるわりには、 高橋さんにそんな事どうして言うのよ。
無意識に、 ムッとしていたらしい。
そんな私の顔を見て、 高橋さんは微笑んでいた。
「悪い事は、 直ぐわかるも・ん・だ。 ああ、 そろそろ行かないと。 悪いな。 また明日にでも、 ゆっくり来るから」
「えっ……本当に大丈夫ですから。  高橋さんこそ、 忙しくて疲れていらっしゃるんですから、 休みの日ぐらいゆっくり休んで下さい。 高橋さんに今倒れられたら、 それこそ大変ですから」
あっ……。
言ってしまってから、 何だか余計な事を言ってしまったようで後悔した。
「フッ……。 お前にだけは、 言われたくないな」
そう言いながら、 高橋さんは立ち上がって椅子を端に寄せた。
「それじゃ、 お大事にな」
「ありがとうございます。 お忙しいのに、 わざわざありがとうございました」
せめて、 高橋さんが帰る時ぐらいと思って起き上がろうとしたが、 また高橋さんに制止された。
「そのままでいい。 それじゃ」
情けなかったが頷き、 無意識に点滴の針のついてない方の左手で手を振っていた。
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