新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
それでも少しだけ首を持ち上げて、 見えなくなりそうになった高橋さんの後ろ姿を目で追う。 すると、 高橋さんが立ち止まったのがわかった。
どうしたんだろう?
「桜も咲き出した」
エッ……。
「早く良くなれ」
高橋さん……。
その言葉を言うと同時にドアの開く音がして、 高橋さんの姿は視界から消えてしまった。
『 早く良くなれ 』 って言ってくれた。 社交辞令であっても、 そのひと言だけでも今の私にとっては凄く嬉しい言葉。
そんな春の日差しが差し込む午後、 1人白い天井を見ながら微笑んでいた。 『 早く良くなれ 』 って、 心の中で何度もそのフレーズを繰り返しながら……。

土日は面会時間も長いので、 朝からお母さんが来ていてお姉ちゃんとお昼に交替し、 そのお姉ちゃんもデートがあると言って14時には帰って行ったので、 それから1人静かに寝ていた。 みんなそれぞれ忙しいし、 大変なんだ。 病人が1人出ると、 家族は本当に大変なのも知っていた。 まして入院しているとなると、 生活がそれ中心にまわるので母親の身体の事も心配だったので、 毎日来なくていいと何度も釘を刺しておいた。
うとうとしていると点滴が終わりかけていた頃、 ちょうど明良さんが病室に顔を出してくれた。
「どぉ?」
あっ……。
昨日の高橋さんにしゃべっちゃった事、 言わなくちゃ。
「明良さん。 あの……」
だが、 ちょうど言い掛けた時、 点滴の終わりを知らせるアラーム音が鳴ってしまったので、 ナースコールをしようとすると、 明良さんが代わりに押してくれた。
「はい。 どうしましたぁ?」
「点滴……」
「点滴終わりましたぁ」
「い、 今伺います」
明良さんが代わりに応えてしまって、 一瞬看護師さんも驚いた声を出していた。
「もぉ。 明良さん! きっと看護師さん、 ビックリしてますよ」
「えっ? いいの、 いいの。 たまには、 刺激を与えてあげないとね」
はぁ?
刺激って……。
明良さんって、 本当に理解出来ない時がある。
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