新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
そして、 またあまり会話のないまま高橋さんが帰ろうとする気配を感じた。
そうだ!
今、 聞いてみよう。
「あの……」
「ん?」
「この4月の人事異動って……会計は、 その……あるんですか?」
ドキドキして、 少し呼吸が苦しかった。
「……」
「高橋……さん?」
何で、 何も応えてくれないの? それって、 もしかして異動があるって事? 私……ひょっとして、 まさか……。
「そう言えば、 もう明日から4月だな」
「えっ?」
「お前、 入社して何年になるんだ?」
「5年目になります」
そう……高橋さんと知り合ってから、 もう3回目の春が来ていた。
「内示があって、 辞令が交付されて、 1日に実施される」
な、 何?
何を言おうとしているの?
「俺が先週から此処に来ていて、 お前に何も言わないって事は……異動はないんじゃないのか?」
「じゃ、 じゃあ!」
私の言葉を無視して高橋さんは立ち上がると、 椅子をいつものように端に寄せた。
「会計には誰も来ないし、 このままだ」
「高橋さん……」
みるみる、 顔が紅潮していくのがわかった。
「今、 中原も必死にお前のフォローをしている。 補充しないと無理なんじゃないのかと、 上から文句言われたくないそうだ。 会計は今の3人でないと、 彼奴は嫌だとか言っているぞ」
中原さん……。
「それに……。 お前が居なくて、 馬鹿を言う相手がいないから寂しいともな」
「な、 中原さんったらそんな事……」
だけど、 何だかそれがとても温かく感じられて、 そんな馬鹿にされたような言い方をされても、 中原さんのその優しさが凄く身に沁みて嬉しく思えた。
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