新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
「病人に、 何するかわからないから」
「高橋さん」
そう言うと、 高橋さんは悪戯っぽく微笑んで俯いた。
その笑顔は、 西日を浴びて綺麗なオレンジ色に見えたが目の錯覚か、 はにかんだような表情の高橋さんの頬は少し赤かった気がした。
そっと右手を伸ばし、 涙を拭ってくれると毛布から出てしまっていた点滴を付けている私の右手を、 左手を添えて毛布の中にしまってくれた高橋さんのその左手が私の目の前を横切った時……。
「あっ……」
思わず、 目を疑った。
嘘……。
「あっ! お前、 見た?」
「み、 見ちゃった。 ヒクッ……」
「見られちゃった? うわあああああん!」
エッ……。
「な、 何なの? 今の……」
泣きながら、 高橋さんを見た。
「誰かさんの真似?」
何なの?
呆れたのと嬉しさとが入り交じって、 泣き笑いのような言葉にならない声で顔を両手で覆った。 その覆った両手を伝って流れる涙。 慌てて涙を拭っていると、 高橋さんがもう一度椅子に座った。
「また泣く」
「だって……」
「外した日は、 一度もなかった」
高橋さんは、 静かに私を見つめながらそう言った。
そう……。
高橋さんの左手首には お揃いの時計がはめられていた。
もう高橋さんは外してしまっていると思っていた、 お揃いの時計。
右手首ではなく、 左手首に。
「今、 せっかくしまってやったのに」
毛布から出ていた右手を、 高橋さんが両手で握った。
「こんなに沢山、 針射して……」
点滴の針を射している場所を、 テーピングの上から高橋さんがそっと左手で触れた。
「ごめんなさい……」
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