新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
「今回の事で、 よくわかった」
「何を……ですか?」
「お前が居てこそ、 色々な事を想定して考えられていた。 でも、 その肝心なお前が俺の傍からいなくなってしまったら、 何も残らないという事をな。 そこに居てくれるだけで、 それだけで十分なんだ」
どうしよう……もう涙で霞んで、 高橋さんの顔がよく見えない。 先の事はわからないという言葉に凄く不安を覚えていたけれど、 今は……今この時を 
高橋さんと共有出来るこの時を、 大切にしたいと思える。
『 同じ時を刻んで行こう 』
その言葉は、 まだ生きていたんだ。 良かった……。
高橋さんがパンツのポケットからハンカチを出し、 涙を拭ってくれた。
「ゆっくりでいいから。 仕事の事は、 何も心配しなくていい。 中原も俺もお前が休んで居る事は、 何とも思っていないから。 だから今は、 病気を治す事だけ考えていろ。 待てば海路の日和ありっていうだろう?」
何度も、 何度も頷きながら、 高橋さんの言葉を噛みしめる。
「いい子だ」
ああ……。
高橋さんが、 乱れた前髪を手グシで直してくれている。
そんな優しく触れてくれる高橋さんの手に、 されるがまま目を閉じていた。
「また来るから」
「はい……ありがとうございます」
高橋さんが椅子から立ち上がった時には、 もう先ほどの西日はとっくに傾いて、 辺りは薄暗くなっていた。
そして、 この日。 
入院して、 初めて自分から食べたいと思って食事を口にした。

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