新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
女性がそう言ったと同時に、高橋さんが駆け寄ってきた私と女性を挟んでチラッと目が合った。
女性が高橋さんの左手を振り払おうとしていたが、そこはやはり男性の力には適わない。
「こういう人混みの中で、煙草は吸わない方がいい」
高橋さんが、女性の直ぐ隣に父親と一緒に立っていた小さな子供に目をやりながら、ポケットから携帯用灰皿を出すと、女性の持っていた煙草を取り上げて火を消した。
高橋さん……。
遠くからでは気づかなかったが、よく見るとその子供はまだ小さいので父親と手を繋いではいたが、ジャンプをしたり、しゃがんでみたりと機敏に動いているので、弾みで煙草の火が触れるとも限らない。 高橋さんは、そうなったりしたら大変だと思ったのかな。
「な、何よ!」
そんな女性の声を無視したまま、高橋さんが私の傍に来た。
「行こうか」
まだ何か言われるのかと女性達が気になったので、ぎこちなく頷いた私の背中に高橋さんがそっと手を添えてくれた。
「何? あのブスな女。 あんな田舎臭い女が好みなんて、趣味悪い男。 最低!」
背中に浴びせられた嘲笑とも、咆哮ともとれる捨て台詞。
咄嗟に、思わず肩を窄めて立ち止まってしまった。
「腹減った」
「えっ?」
唐突に場違いな言葉を発した高橋さんに、驚いて顔を見上げた。
「軽く、何か食べて帰ろう。 今、しっかり食べちゃうと、明良の飯が不味くなるからな」
高橋さんが、舌を出しながら微笑んだ。
「はい」
背中に浴びせられた言葉で気持ちが沈んでいたので、そんな高橋さんの優しさが身に浸みた。
冷静に考えてみれば、高橋さんが女性に暴力とか、手を挙げるとか、有り得ないこと。そんなことを、一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしかった。 誰に対しても、分け隔て無く、小さい子供にも優しいジェントルマンな行動を目の当たりにして、やっぱり高橋さんが大好き! そう、思えることが凄く嬉しかった。
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