新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
高橋さん自身の気持ち……。
「はい。 でも……私に出来るんでしょうか?」
「俺でも、明良でも、駄目なんだ。 君にしか、出来ないことだと思うから」
そんな風に言ってもらえることは嬉しいけれど、果たして出来るのかどうか。 自信もないし、不安だけが募る。 
仁さん……。
上手く言葉に出来ず、思いを巡らせている間にマンションに着いてしまった。
「さてと。 貴博は、ちゃんとノルマを達成してるかな?」
「ノルマ?」
ノルマという、仁さんの言葉を不思議に思いながら部屋に戻ると、その光景を見て思いっきり仰け反ってしまった。
「ごめんなさい。 参りましたぁ。 もう、無理! 勘弁してぇ」
リビングで、明良さんが顔の前で手を合わせて、何やら高橋さんに懇願している。
だが、その高橋さんを見る明良さんの瞳は、ウサギの目のように真っ赤で、今にも寝てしまいそうなほどトローンとしている。
見ると、明良さんが座っているテーブルの前には、数本の缶ビールが置かれていて、そのうちの2本は空になっているのか、缶が潰されていた。
そして、その横にどういう訳か、オセロゲームのボードとオセロの石が散乱している。
な、何、これ……。
「ハハッ……。 また、負けたのかよ。 明良」
「5―0」
余裕で応えている高橋さんをよそに、明良さんはソファーに倒れ込むように寝転がった。
いったい、居ない間に何があったんだろう?
どうしちゃったの?
大丈夫かな……。
「明良さん。 大丈夫ですか? お水、持って来ましょうか?」
明良さんが辛そうに見えたので、慌ててソファーに駆け寄った。
「大丈夫。 放っておけば、直ぐ復活するよ」
「で、でも……」
そう言われても、何だか心配で明良さんから目が離せない。
「自業自得。 俺に逆らおうなんて、10年早いっていつも言ってるだろ?」
高橋さんが、オセロを片付けながら言っている。
「くっそぉ! もう少し、酒が強ければなぁ」
「フッ……強かったら、勝てるのかよ?」
相変わらずな高橋さんと明良さんの会話だったが、明良さんは相当酔ってしまったらしく、なかなか起き上がれないでいる。
「あのね……つまり、こうなんだ」
仁さんが、よく分かっていない私に説明してくれた。
昔から、何か勝負しなければならない時は、何故か決まってオセロで決着を付けるのだとか。
何でオセロになったのかは、今となっては思い出せないそうだが、高校時代から事あるごとに、オセロで決着をつけていたらしい。
でも、明良さんがオセロにめっぽう弱く、それに輪をかけて高橋さんが負けたら飲めと言うので、負ける度に明良さんは缶ビールを飲まされていたんだと思うとのこと。
そんな明良さん自身も酒量の限界を知っているので、我を張らずに直ぐ降参するらしい。
だけど、仁さんとコンビニに行って帰ってきた20分ぐらいの間に、5回も勝負がついてしまったということは……。
< 43 / 237 >

この作品をシェア

pagetop