新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
若干、強めの口調で高橋さんを睨みつけた。
「前から、よく言うだろ? 酔ってる人間が、酔ってますとは言わないって。 でも、俺は酔ってないけどな」
微笑みながら、左手で押さえつけていた両手を高橋さんが解放してくれた。
はぁ……これで起き上がれる。
そう安堵した矢先、上から高橋さんに少し体重をかけられたので起き上がることに失敗して、今度は両肩を軽く押さえられてしまった。
「だから、我慢してまで自分を偽るのは、俺は好きじゃない。 前にも言っただろ?」
エッ……。
コンビニに行った時の仁さんとの会話が、不意に思い出された。
高橋さんは、自分を殺して来たからって。
まだ半信半疑だけど、私と出逢って自分の気持ちに正直になれたと……。
だからなの?
でも、それが今の状況とどう関係があると?
高橋さんの前髪が、頬に触れた。
嘘っ
「高橋さ……ンンッ……ア……」
嘘でしょう?
どうして、こんな時に。
高橋さん。
絶対、酔ってるんだ。
そうでなければ、こんなこと……。
ドアを隔てて隣のリビングには、明良さんも仁さんも居るのに……。
高橋さんは、いきなり深いキスを始めた。
この状況から逃れるべく、高橋さんから離れようと試みるが、なかなか上手くいかない。でも、そう簡単に打破出来ないことも重々承知していて、なるべく声を出さないように必死で我慢していた。
ああ……。
今置かれた状況の危うさを知りながらも、高橋さんのキスに舞い上がる心。
全身の力が抜けていくように、それまでのささやかな無駄な抵抗に終止符が打たれ、両腕からも力が抜けて、そのまま高橋さんに身を任せてしまった。
「フッ……」
が、直ぐに高橋さんが嘆息ともとれる微笑を浮かべながら唇を離した。
悔しいけれど、寂しいような名残惜しい気持ちでいっぱいになった。
「言っただろ? 声を押し殺すような理性を保たれても、俺はちっとも面白くなぁいの」
「な……」
何、それ? と言おうとしたが、まだ呼吸が乱れていて思うように声が出せない。
そう言えば、初めて高橋さんとエッチした時も、確かそんなようなことを言われたことを思い出した。
その思い出した場面が恥ずかしくて、両手で顔を覆った。
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