新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
どこまで、観察されているのか想像することすら怖かった。
どうしよう……。
高橋さんとお揃いだということが、分かってしまったのかもしれない。
しかも、よりによって川本さんに……。
「お待たせしました」
「あっ。 すみません」
私の前にコピーしていた人が終わって、声を掛けてくれた。
話の途中だったが、時間もないし川本さんの後ろにもまだ1人並んでいたので、背中に物凄いプレッシャーを感じながら、急いでコピーを始めた。
ああ。
永遠に、コピーが終わって欲しくない。
きっと、コピーが終わって振り向けば、また鬼の形相の川本さんに色々言われると思うと、そんな気持ちになっていた。
しかし、中原さんから頼まれたコピーの部数が少なかったため、あっという間にコピーが終わってしまった。
何と言って、振り向こう。
川本さんに、何て言おう。
どうやって、この場を凌ごう。
コピーをしている間、ずっとそれだけを考えていたが、後ろからのプレッシャーが気になって考えつかなかった。
後ろに立っている川本さんに、何か言おうものなら100倍になって返ってくる。 この場を上手くかわす等、到底出来るはずもない。
仕方なく、何の小細工もせずにそのまま普通に振り返った。
「すみません。 お待たせしました」
目も合わせずにお辞儀をして、素早くその場を立ち去ろうとした。
「矢島さんと、ちょっと話しがあるの。 先に、コピーしていいわ」
「そうですか? ありがとうございます」
川本さんがコピーをしている隙に逃げようとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
最悪……。
川本さんの後ろに並んでいた主計の人は、言われたとおり先にコピーを始めてしまった。
「で? 返事を聞かせてもらいましょうか?」
川本さんは書類を脇に抱え、身長が高い分、腕組みをしながら上から私を見据えた。
「これは、その……」
「矢島さ-ん! 電話、入ってる」
エッ……。
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