新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
「何? 今日は、珍しい人も一緒ね」
その声に顔をあげると、そこには紺野さんの姿まであった。
ああ。
お局様、揃い踏みだ。
あっ!
紺野さんの後方の社食の入り口付近に、まゆみの姿が見えた。
でも、まゆみは紺野さんの姿に隠れてしまって、私に気づいてくれていないのか。 それとも、もう食事が終わってしまったのか。
そのまま背中を向けて、社食から出て行ってしまった。
まゆみ……。
「その時計、貴女が買ったの?」
座ったまま、少しだけ背伸びをしてまゆみを捜していたので、川本さんの問い掛けにまた元の姿勢に戻り、小さくなった。
何て、応えたらいいんだろう。
後悔だけが、先に立つ。
こんなことだったら、もしも誰かに聞かれた時の場合に備えて、高橋さんにどう応えたらいいのか、前もって聞いておけば良かった。
「しかも、高橋さんとお揃いらしいじゃない? どういうことなの?」
「何でなのよ?」
矢継ぎ早に投げ掛けられる棘のある問いに、その度に胸が締め付けられていくようだった。
でも……。
冷静に考えてみると、これって何かおかしい気がする。
おかしくない?
高い時計をしているからといって、それが高橋さんとお揃いだからって、ここまで詰問されなければいけないのだろうか。
昔、まゆみに言われたとおり、全部泣き寝入りするんじゃなくて、反論することも時には必要だよって……今が、その時かもしれない。
セーターの袖の上から、左手でギュッと時計を掴んだ。
「あの……」
口火を切れそうだったが、後が続かない。
「何よ! はっきり言いなさいよね」
「あの……私……私が、どうして……プライベートなことなのに、そこまで説明しなければいけないんですか?」
言った瞬間、直ぐに後悔した。
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