新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
「そうなんですよ。 忙しい時なのに、各担当2人出席って結構無駄な時間ですよね。 そうそう。 時間と言えば、お揃いなんですって? 時計」
うっ。
直球で来た。
紺野さんは、高橋さんの手首と私の手首を交互に見ている。
どうしよう……。
あの時、社食に高橋さんが来てくれたから、時計のことがばれてしまった話をするのをすっかり忘れていた。
あの後、忙しくて高橋さんもフル回転だったし、帰りも遅い日が続いて車で送ってもらうだけで、落ち着いて話しも出来なかったから……。
まだ高橋さんに、きちんと話せてなかったんだ。
「それが、どうかしましたか?」
その口調はワントーンで、まるで感情のない無機質なものだった。
そして、高橋さんはいつもと変わらず、まったく臆することもなく紺野さんを見据えた。
「えっ? あっ……いえ、その、ちょっと気になったものですから。 そんな高級時計をよく……」
「よりどり2点で、セールだったんですよ」
はぁ?
よりどり2点って、高橋さん……。
言葉を遮られるように、高橋さんに言われた紺野さんの顔を見ると、何とも複雑な表情をしていた。
「だから、買わない手はないでしょう?」
そう高橋さんは言って紺野さんに悪戯っぽく笑うと、エレベーターの開のボタンを押して紺野さんと私に先に降りるよう、どうぞ! と、手で示した。
そんな高橋さんの言動に、紺野さんは返す言葉もなかったようで、そのまま会議室に先に入って行ってしまった。
「よりどり2点って……」
半ば呆れ顔で高橋さんを見上げると、ウィンクをしながら思いっきり舌を出していたので、思わず吹き出してしまった。
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