新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
高橋さんに、メールをしてみよう。
電話だと相手の今の状況が分からないから、もしかしたら電話に出られなかったのかもしれない。 
メールだったら、いつでも見られるもの。
そう思いながら、必死に文章を考えた。
しかし、途中で何だか情けなくなってきて、メールを打つ手が止まった。
私は……本当に、高橋さんのことをあまり知らないんだ。
携帯の番号とアドレスは知っているけれど、他のことはあまり知らない。
話題に出ないこともあるが、実家が何処にあるのかも、お兄さんが何をしている人なのかも知らなかった。
私は、今まで何をしてきたんだろう。
こんなにいつも近くに居たのに、高橋さんのことを何も知らなかった。

中原さんと精一杯頑張って、何とか後は捺印だけのところまで漕ぎ着けた。
「残りは、明日の午前中にしよう。 それで、間に合うから」
「はい」
比較的10日や月末よりは、まだましな15日をどうにか切り抜けられそうで、ホッとした。
それと同時に、仕事もプライベートも、いかに高橋さんの存在が大きいのかを実感した。
今日は、仕事が終わったらどんなに遅くなっても、高橋さんのマンションに寄ってみようと心に決めていた。
中原さんと駅で別れて、いつも通りの電車に乗る。
途中、乗り換えの際、高橋さんの携帯に電話をしてみたが、やはり留守電のままだった。
最寄りの駅に着いてから、念のために終電の時間を調べて携帯にメモしておく。
駅からタクシーで、高橋さんのマンションに向かった。
マンションに着いたのは良いが、今更ながら躊躇ってしまっている。 今日、高橋さんの家に行くなんて言っていなかったから、オートロックのインターホンを押すのがとても怖かった。
勇気を出して部屋番号を少し震える指で押して、呼出しボタンを押した。
ピンポーン。
いやにエントランスに鳴り響く呼び出し音に、緊張のあまり真冬なのに喉が無性に渇いている。
あれ? 
応答がない。
もう1度、押してみた。
今度は、少しスムーズに押すことが出来た。
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