新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
ピンポーン。
虚しく響き渡る、呼び出しの音。
そして、帰宅してきたマンションの住人がチラッとこちらを見たので、別に悪いことをしているわけではないけれど、慌ててエントランスから外に出てしまった。
車路を歩きながら、今のこの気持ちを無性に誰かに聞いて欲しかった。
虚しさと寂しさと不安が入り交じって、高橋さんの言動のひとつ、ひとつを思い返していた。
「プライベート・タイムの俺は、お前にやるよ。 なるべくな」
高橋さん。
そう、言ってたよね……。
何で、今週休むって言ってくれなかったの?
それに……携帯の留守電に履歴が残っているはずだし、メールだって届いてるはず。
何で、メールも返してくれないの?
高橋さんの存在が、改めてあまりにも大き過ぎることを恐いぐらいにひしひしと感じながら、車路を出て駅に向かおうと歩き出したところで立ち止まった。
携帯のアドレス帳の、た行。
高橋貴博の下の行に、武田明良という文字の残像が頭に浮かんだ。
そうだ!
そうだよ!
明良さんなら、もしかしたら何か知っているかもしれない。
そう言えば……この前、会社に掛かってきた明良さんの電話以来、何だか高橋さんの様子がおかしい気がする。
慌てて携帯のアドレス帳を開いて、明良さんに電話を掛けた
一縷の望みを託して……。
掛かった!
電話のコール音がした時は、思わずホッとした。
しかし、何回目かのコールの後、明良さんの携帯も留守電に切り替わってしまったので、咄嗟に思い切って 『 電話を下さい 』 とだけ告げて電話を切った。
明良さんにも、連絡がつかなかった。
何も分からない不安と脱力感に襲われ、駅まで歩いて行く気力もなくなって、タクシーで自宅まで帰った。
シャワーを適当に浴びてベッドに倒れ込むと、堪えてきたものが我慢の限界を超えて涙となって溢れた。
寝付けずに、夜中に何度も目が覚めて、その度に携帯画面を確認したが、誰からも電話もメールも来ていなかった。
結局、朝方3時半までの記憶があったが、その後寝てしまっていたらしく携帯のバイブの振動で飛び起きた。
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